【REVIEW】死神紫郎 初のラップアルバム『独白』
死神紫郎が、初のラップアルバム『独白』をリリースした。2024年3/9に配信で、同年5/15にはフィジカル音源として世に送り出された本作品には、既存曲「執念のラップもういっちょ」「冷蔵庫」「神と紙」「独白」に加え、8曲の新曲が収録されている。
2023年10月に配信リリースした楽曲「独白」は、自身の過去を振り返りながら己の弱さと向き合い、改めて音楽活動への決意表明を露わにした曲。同タイトルを掲げた今回のアルバム『独白』では、さらに深くまで自身をさらけ出している。
肉体的な優位性を持たない男の生存戦略としてギターを持ち、様々な音楽ジャンルを侵略してきた死神紫郎が、ラップの世界ではどんな言葉と音楽を提示するのか。本記事でレビューを行う。
【目次】
・ざんげの夕べ(Track by DJ Whitesmith)
・超コノハチョウ(Track by Mr.蓮)
・独白(Track by DJ Whitesmith)
・執念のラップもういっちょ(Track by 死神紫郎)
・みんなのエサ(Track by Mr.蓮)
・鬼は鬼のはずなのに(Track by JASON X)
・冷蔵庫(Track by Mr.蓮)
・映画のせいか(Track by Mr.蓮)
・神と紙(Track by DJ Whitesmith)
・おのれの踊り(Track by Mr.蓮)
・眠ることで(Track by DJ Whitesmith)
・リアル・サバイバル feat.MCミチ(Track by DJ Whitesmith)
ざんげの夕べ
狭い教室の中ではびこる力関係。子ども故の残酷さ。小さな身体を容赦なく突き刺す赤い夕日。重たい足取りとランドセル。きっと誰にでもある幼少期の嫌な記憶を一瞬で呼び起こすのが、1曲目の「ざんげの夕べ」である。不協和音のような不穏さ漂うトラックに乗せて、抑揚のない声で個人名を羅列し、最後には“死ぬまで許さないでください”と自らを罰するための呪詛を吐く。自身の心の弱さゆえに他人を傷つけたトラウマを歌ったこの曲は、たった1分41秒で確実に聴く者の心に傷を残す破壊力を持っている。超コノハチョウ
衝撃を浴びた心を落ち着かせる間もなく放たれるのが、「超コノハチョウ」。細かく羽を震わせながら飛び回る蝶を想起させる音に、淡々と自分の生きざまを語る低い声。枯葉に擬態して上手に生きるコノハチョウの生態を自らの狡猾さに重ね、“弱くたって生きちまえば価値は勝ち”と開き直る歌詞は、とても痛快だ。曲が進むにつれて、徐々にこちらへ近づいてくる民族的なコーラスは不気味なのに、そのまま身を委ねたくなるような中毒性を感じる。独白
儚く切ないピアノの音で、イントロからドラマティックな展開を想起させる「独白」は、前述した通り、本アルバムのタイトルを冠した曲。幼少期の苦い思い出から現在も抱える病まで、自身の弱い部分を赤裸々に告白しながらも、サビでは“弱いままなら死ぬだけ 弱いままでもしぶとく太く”と自らを奮い立たせながら音楽へ希望を託す。死神紫郎の生きる執念と力強さがほとばしる曲である。ざらついた質感のサウンドは、歌詞の中で明かされる壮絶な人生のストーリーとリンクし、冷静かつ凛とした歌声は、曲全体が持つどうしようもない孤独感と意思の強さを秀逸に表現している。「ざんげの夕べ」「超コノハチョウ」を含めた3部作として、本アルバムの主軸を担う楽曲と言ってもいいだろう。執念のラップもういっちょ
「執念のラップもういっちょ」は、死神紫郎が初めて制作したラップソング。ループするギターのフレーズに重ねて歌う独特の技法が使われており、彼が長く続けてきたフォークの要素も強く感じられる曲である。サビラストの“執念それは一つの武器 不気味でも気になる個性になるから もういっちょ”というパンチラインからは、自虐的でありながらも静かに闘志を燃やす情熱が感じられる。みんなのエサ、冷蔵庫
曲順は前後するが、皮肉めいた口調で食物連鎖の無常さを揶揄する「みんなのエサ」、早口のラップでクレバーな印象を与えながらも実はユニークな「冷蔵庫」は、どちらも食べ物をテーマとした作品。死神紫郎はフォークの曲においても、臭い立つような生活感を楽曲に落とし込むのが上手い印象だったが、ラップ曲でもそれは変わらない。人間の愚かさや社会に対する違和感を、食べ物を通して訴えかけているような印象。鬼は鬼のはずなのに
本作品の中で、最も攻撃的な印象を受けるのが、「鬼は鬼のはずなのに」である。社会を皮肉りながらも、その中で生きる自身にも容赦なく刃を向けるスタンスで、前のフレーズで言い放った言葉に、脳内の別の自分が即噛みついてくるようなイメージがつきまとう。一曲を通して一瞬も気の抜けない歌詞とは対照的に、淡々とした電子音をメインにしたトラックや、吐息多めの色っぽい歌い方はどこか気だるい印象もあり、絶妙なバランス感が保たれている。映画のせいか
「映画のせいか」は、死神紫郎の遊び心が光る作品。古い映画音楽をイメージしたようなクラシカルなイントロでは、語り部として死神紫郎が突如現れ、我々リスナーに挨拶をする、というユニークなスタイルで、楽曲の世界へと引き込んでいく。メルヘンかつノスタルジックなサウンドは新鮮で、サビはコーラスも加わって重厚な響きが楽しめる。また、歌い方や声の低さ、抑揚などをコントロールし、落ち着いたジェントルマン、ミュージカル俳優、無機質なロボット、親しい間柄の友人……と、様々なキャラクターが顔をのぞかせる。その情景は、まさに映画そのもの。歌手としての表現力の幅広さにも注目すべき1曲である。神と紙
続いて、タイピング音や扉を開ける音で、もう1つの物語の始まりを予感させる「神と紙」へ。感傷的なアコースティックギターの音に乗せ、“自分教の教祖兼信者やりましょう 一生きしょっと言われる勲章”と乗っけからパワーワードを連発し、自分の人生のスタンスを明示する。声はどこかクールでアンニュイな印象も受けるが、社会における自分の存在を、絶対的存在である神と、風に乗って飛んでいきそうな紙という対極的な存在に重ねる歌詞は、「独白」にも繋がるギラつきを感じる。おのれの踊り
「おのれの踊り」は、昭和歌謡のムードを全面に出したトラックが独特の存在感を放つ作品。レトロなサウンドに洗練されたリズムとラップを重ねるという試みも、長くフォーク歌手として活躍してきた死神紫郎ならでは。本アルバムの中では異質な楽曲という第一印象も受けたが、自身を叱咤激励した奮い立たせるような言葉が並んだ歌詞を読めば、収録曲としてセレクトされたのも納得である。眠ることで
ハードな楽曲の多い本アルバムの中で、唯一と言っても過言ではない、癒しのトラックが「眠ることで」。スロウなトラックと丸い歌い方は、聴く者の日常生活に溶け込む包容力があり、まさに寝る前や休憩中に聴きたい1曲。とはいえ、本楽曲からイメージするのは、あくまでも回復のための一時的な休息。単にまったりと過ごす休憩時間ではなく、走り続けてきた満身創痍の身体を癒し、再び走り出すための力を溜めるような時間だ。気軽に再生できて、聴き終えたあとは少し爽やかな気持ちになれる、良い意味で死神紫郎の歌とは思えない曲である。リアル・サバイバル
アルバムのラストを飾るのは、死神紫郎のラップのディレクションも担当してきた、MCミチとのコラボ曲「リアル・サバイバル」。“なんとなく”と言いつつも、“死後死なずの曲残そうか”と確固たる自分の人生のテーマを宣言し、“生き方がズルいだのどうぞ これが俺なりの正攻法”と追い求めてきた死神紫郎の強さの形を提示する。己への呪詛から始まり、弱さと向き合い続けてきたアルバムの最後は、力強く生きることを仲間と一緒に宣言するこの曲で締めくくられるのだ。この鮮やかな流れの中に、死神紫郎の中にある希望と覚悟が満ちている。己の生き方と向き合ったが故の言葉で作られた本アルバムは、決してさらりとは聴き終えられない、ずっしりとした重みを持っている。同時に、自分だけの世界でひたすら過去と向き合い呟く“独白”から、壮絶な歩みを経て、仲間と共に自身の生き方を堂々と宣言する“表明”へと変わっていく、確かな歩みも感じられる。内なる世界から外なる世界へ。幼虫から蛹を経て蝶へ。死神紫郎の血まみれの羽化がここに刻まれている。
テキスト:南明歩
『独白』/ 死神紫郎
2024年3/9リリース(デジタル配信)
2024年5/15リリース(CD)
フォーマット:CD/デジタル配信
レーベル:429646 Records
カタログNo.:SNKR-465
【Track List】
01. ざんげの夕べ(Track by DJ Whitesmith)
02. 超コノハチョウ(Track by Mr.蓮)
03. 独白(Track by DJ Whitesmith)
04. 執念のラップもういっちょ(Track by 死神紫郎)
05. みんなのエサ(Track by Mr.蓮)
06. 鬼は鬼のはずなのに(Track by JASON X)
07. 冷蔵庫(Track by Mr.蓮)
08. 映画のせいか(Track by Mr.蓮)
09. 神と紙(Track by DJ Whitesmith)
10. おのれの踊り(Track by Mr.蓮)
11. 眠ることで(Track by DJ Whitesmith)
12. リアル・サバイバル feat.MCミチ(Track by DJ Whitesmith)
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2024.6.17 12:00
カテゴリ:PU3_, REVIEW タグ:hip hop, JAPAN, rap, 死神紫郎
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