とにかく「いかにおもしろい音が出せるか?」を実験してきました―松前公高インタビュー
作曲、アレンジなど、音楽業界の裏方として活動してきたさまざまな職業音楽家の歴史的検証が進む中、これはそうした研究の大きな一歩となる動きであろう。シンセサイザー・マエストロとして高い評価を得る一方で、国民的ヒット曲「おしりかじり虫」や人気アニメ「キルミーベイベー」の音楽など、誰もが無意識のうちに耳にしている曲を多数手掛けてきた音楽家、松前公高の歴史をまとめた作品集が2タイトル立て続けにリリースされたのである。
音楽に「おお、これはなんだ!?」という新鮮な衝撃を求めている人は、まずは黙ってこの2作品を聴いてみてほしい。曲に散りばめられている、ひねったアイデアの数々に驚くこと必至だ。そして、ここまで読んで松前氏の人となりや音楽家としての姿勢などに興味を持った人は、以下のインタビューをどうぞ。クリエイターにとっては、大いに参考になるヒントの宝庫のはずだ。
特に演劇や展覧会の音楽なんてその日、その場に居なければその後一生聴いてもらえないですから
- –:今回『あなたはきつねBEST + 40TRACKS』『松前公高WORKS』という、自身の歴史を総括した作品が2タイトルたて続けにリリースされることになったのは、どういう経緯からなのでしょうか?
- 松前:京浜兄弟社の10枚組ボックスセット(「21世紀の京浜兄弟者」)が発売され、そこに「あなたはキツネ」(以後「キツネ」)から何曲か収録してもらいました。その後、関連アルバムをいろいろ発売していただくとは聞いていたのですが、早速、僕の「キツネ」をベスト盤という形でご提案いただき、更に「仕事作品集」というお話もいただきました。そのあたりの経緯はディスクユニオンの金野(篤)さんの方が詳しいので、お願いします。
- 金野:個人的な話で恐縮ですが、ディスクユニオン入社の2006年に一番最初に(発売企画を通すための)試算表会議に提出したのが「誓い空しく」の再発でした。岸野(雄一)さんとは話はまとまっていたのですが、何故か上手く進行しないまま月日は流れ、2013年に再び思い立ち、加藤賢崇さん、岸野さん、実務面では渡辺兵馬さんの力で2015年に京浜ボックスが発売となりました。京浜兄弟社のコンピ・アルバム「誓い空しく」ですら実はよく理解出来ておらず、ましてやCD10枚分の音源には未知の連続で、わからないことがこれほど楽しかったことはありません。ボックス商品はどうしても限定発売とせざるをえず、そこで次は京浜関係者各個人の作品集発売を考え、最もわからない、つまり最も気持ち良かったのがEXPOでしたので、真っ先に松前さんに単独発売のオファーをした次第です。
- –:『松前公高WORKS』はゲーム、テレビ番組、展覧会、演劇など、依頼を受けて制作した音源が収録されています。これらの音源をいつか一つにまとめておきたいという思いは昔からあったのでしょうか?
- 松前:ものすごくありました。ゲームなどではサントラを発売する事もあるのですが、それも多少は売れたものだけになりますよね。僕の場合「玉繭物語1.2」「キリーク・ザ・ブラッド」「サンパギータ」「OPTION TUNING CAR BATTLE SPEC-R」といったゲームや「ビートマニア」「太鼓の達人」「塊魂」などに提供した曲はコンピレーションで発売されましたが、他は発売されません。ゲームがあまりにマニアックすぎた?(売れなかった?笑)のかな。他にも企業の映像作品やテレビ番組もドラマみたいに曲が多い様なものじゃないとCDにはならなかったので、一つにまとめたい気持はとても強かったです。特に演劇や展覧会の音楽なんてその日、その場に居なければその後一生聴いてもらえないですから。
いかにおもしろい音が出せるか?とにかく実験していました
- –:「キツネ」は中学時代から30代までの音源集から61曲を選び、さらに未発表40曲を加えるというユニークな構成になっています。このような構成にした理由は? また選曲はどういう視点から行われていますか?
- 松前:キツネシリーズには中学の頃の多重録音の曲(というか音!)も入っていますが、今回はそれは入れませんでした。一番古いもので高校三年の時の作品かな。今聴くとひどいものですが、まあシリーズのコンセプトとしては入れておくべきかと思いまして。当然、後になればなるほどクオリティは上がる訳ですが、「なにやってんだコイツ?」みたいな面白さは減っていく。フツ〜にカッコよくなっていく。そのあたりのバランスをとって収録を考えました。そして「キツネ1〜3」はまともに曲になってるものが少なくてスケッチ的に、作りっぱなし、ほったらかしの音を編集でまとめてデジタル化というのがコンセプトだったので、今回もその流れで、曲数は多くしようと思っていたんです。これらを今回全く新たにコラージュでほぼ全曲つなげました。それまでに何度か99曲入り(トラックナンバーの表示が99までなので)っていうCDを作った事があったのですが、今回は短い曲といっても1枚では入りきらなくて、2枚組にしてもらって101曲となりました。ボーナストラックはまだチェック出来ていなかった過去の作品、「キツネ」発売後に作ったものなどから集めました。よく再発もので+1とか+3とか、追加曲が入ってて、それ欲しさに同じアルバム、アナログからCD、紙ジャケ、リマスタリングと、何度も買わされてる訳ですよ。そのパロディですね。「+40ボーナストラック」って事で、ほぼ半分近くキツネじゃない所から持ってきたんです。
- –:「キツネ」は松前さんの多重録音少年史的作品ですが、どの音もかなり脱線した(独自に解釈した)ものになっているのが特徴だと思います。この「独自に解釈する」ことこそが、松前さんの一貫した姿勢ではないかと思うのですが?
- 松前:いかにおもしろい音が出せるか?とにかく実験していました。たくさん時間もあったし、その割にはお金はなくて沢山の機材を買えた訳じゃなかったから、一台の機材を手に入れたら、ずっとさわってました。たまに面白い音が出てきたりすると興奮する訳です。そんな時は、音に触発されて何か即興で録音しはじめるんです。それっきりになったものもありますが、その面白い音の即興に更に音を重ねていく、そんな「楽しみながら作る」作業だったので、変わった音が多いのかもしれないですね。今、もう一度その音を出せと言われても出せない。だからこそ出会った瞬間に何か録っちゃうんです。大学時代にDX7が出たので飛びついて、でもすぐに「きれいな音」に飽きちゃって、DX7で変な音出す事考える様になったり。その後出会ったシンセサイザーも溺愛してたから、時代、時代で使っていた機材が違うのが今回も明確に出ています。
- –:松前さんが「きれいな音」に飽きてしまうのは、「これはどうやって作ったんだろう?」みたいな、ブラックスボックス的なものが音にないからなのでしょうか?
- 松前:自分が惹かれる音楽の多くが、「謎」を常に持っていたんですね。「なんでこんな事やったんだろう」とか「これ、おかしくないか?わざとなのか天然なのか?」そして「どうやってこの音作ってるんだろう」。そういうのが好きなんですね。
特にDX7が出てきた頃、あのエレクトリックピアノの音、みんなが使って飽き飽きしちゃいました。
909や303が流行った時も……。流行があまり好きじゃないんですね。型にはまったものがいやなだけなんだと思います。 - –:面白い音、変な音を作るには発想を柔軟にしておく必要があります。そのために松前さんが今まで心がけてきたことはありますか?
- 松前:さっき、流行が好きじゃないって言いましたが、流行が一周してくる前、つまり誰もやってない頃が一番やり頃。
時代遅れでダサい?マジ?実は早い?って、所でやるのが好きなんです。一番流行ってない時に。
もしエキスポが2ndアルバムを作ってたとしたら、多分DX7だけで、あの飽きられてたエレピの音とか、ブラスとか……プリセットのトレインの音まで使ってダサいものを作ろう、って思ってたんです。
最近のシンセはプリセット音が沢山収録されていて、シンセは音を作る時代から選ぶ時代になってもう随分たちますが、必ず選んでもエディットする様にしています。
曲によってわずかに音の切れ具合などは必ず調整しますし、フィルターのつまみは本当にその値でいいのか?確認の為にも必ずさわっています。 - –:「キツネ」が純粋に自分のために作った音源集だとするならば「松前公高WORKS」は、クライアントから依頼を受けて作った音源集、という対照的な構造をとっているように見えます。しかし、どちらも松前さんらしさが出ているという点は共通しています。クライアントの注文や時間枠という、さまざまな「枠組」の中でいかに自由に遊ぶか、ということは松前さんがゲーム音楽やテレビ音楽などを作るうえで大切にしていることなのでしょうか?
- 松前:僕の事を理解してくださってる方からの依頼だと自分風で作れるのであとは他の条件を満たす様にするだけなので、仕事といっても楽しくできました。
ゲーム1タイトル全ての時は曲がすごく多いので、多くは自分風で出来て、その中でどうしても何々風の曲が必要っていう時があります。あるいは僕の認知度がない事で音楽性を理解されないで、たまたま何かのご縁で仕事する事とかもあります。そうすると全く自分の音楽性とは違うものを作る事もあります。自分風を押し殺して「ホンモノ」風を目指す必要もありました。特に若い頃は。器用な所は多少あったのでなんとか出来たけど、そればっかりやってたら「何でも屋」になっちゃう訳で、クライアントの様子をみながら、ちょっと自分風のものを入れてみたり、といった長年の蓄積なのかな?と思います。最初にデモを聴かせる時に「いかにもそれ風」と「自分風」の2つを作って提案してみたり。その結果、自分らしい作品に近づけられる事も多くなりました。
高校2年の時にオープンの4トラックMTRを知り合いから夏休み一ヶ月だけ借りる事が出来て、ローランドのシンセサイザー・テープコンテストに応募したら入選したんです
- –:松前さんのシンセサイザーとの出会いについて教えてください。いつ頃、どのようなきっかけで興味を持ち、購入されたのでしょうか? また、そこから多重録音を始めるまでの流れは?
- 松前:小学生の時、ピアノから電子オルガンを習っていたんですが、中学でイエス、ジェネシス、キャメルなどのプログレでシンセサイザーの音を聴いて「ん?これは電子オルガンでは絶対出せないはずだ」って気がついて、シンセサイザーのカタログや本を集め出します。中学生の小遣いじゃ買える訳ないんですが、父親が電気系の仕事をしていて、本人もメカ大好きな人だったんです。アマチュア無線をやりたいって言ったら父親も乗ってきて、一緒に免許とって無線機は父親に買わせたという過去があって(笑)、なんか父親のそういう部分をくすぐるのがうまかったんでしょうね。シンセサイザーについても、リングモジュレーターの回路がどうだとか、いかに電子オルガンと違うのか?どうしても電子オルガンでは表現できない!という事を力説して、まあ親がピアノと電子オルガン習わせてた事もあって、その表現の幅を広げる為だとかテキトーな事いって、小遣いにだいぶ足してくれてシンセサイザー手に入れたんです。それからは教育用のテープレコーダーと兄のラジカセ借りて、その二台と自作のミキサーでピンポン録音で茶碗叩いたり、奇声発したり、ピアノ、電子オルガン、シンセなど使って「曲」とはとても言えない様なもの作っていました。
- –:中学や高校時代に友達とバンドを組んだりといった音楽活動はしたのでしょうか?
- 松前:バンドは中学でELOの「Daybreaker」、10ccの「People in love」を文化祭で演奏しましたね。高校入ったら、シンセと電子オルガンのソロ演奏したり、高校2年の時はYMOのカバーやりました。「ライディーン」と「デイ・トリッパー」と「東風」。これは「キツネ」のライナーでも書いてあるんだけど、当時大阪にあったローランドのショールーム行って展示してあるシステム700とMC-8使って店員さんに打ち込んでもらって、シーケンスパートの完璧なカラオケ作りました。あと高校2年の時にオープンの4トラックMTRを知り合いから夏休み一ヶ月だけ借りる事が出来て、ローランドのシンセサイザー・テープコンテストに応募したら入選したんです。クラウス・シュルツェに影響受けたダークな音響作品でした。宇都宮泰さん、当時DADAの小西健司さん、岩崎工さんなど蒼々たるメンバーが過去に入選しているコンテストで、自分もそれに入選出来て有頂天になって(笑)、自分の進むべき道が決まった感じでした。
- –:多感な10代の時にどういう音楽に衝撃を受けましたか? YouTubeもサブスクもまだ無い時代、松前さんは関西でそういった音楽をどのようにしてチェックされていたのでしょうか?
- 松前:最初に衝撃だったのは小学生の時テレビで見た「007 カジノ・ロワイヤル」のテーマです。67年のパロディの方ね。あとは「ハワイ5-0」「謎の円盤UFO」「レーサー(WINNING)」など映画音楽が多かったですね。邦楽では兄が聴いていたチューリップを留守の時にこっそり聴いてハマってました。洋楽は全てラジオです。10cc、トッド・ラングレンを知ってジェネシスとイエスにハマって、渋谷陽一さんの「ヤングジョッキー」の「プログレ・ベスト20」っていうのでタンジェリン・ドリームとクラフトワークを聴いてからはもう完全にジャーマンロックにハマりました。関西の音楽番組の中で阿木譲さんが新しい音楽を紹介するコーナーがあったんですよ。フランク・ザッパを知ったのはそれだったし。とにかくエアチェックが多かったです。「ビートオンプラザ」「軽音楽をあなたに」「ジェットストリーム」「ヤングジョッキー」。本は「ロックマガジン」や「フールズメイト」ですね。
- –:松前さんの人生で京浜兄弟社との出会いは、その後の生き方を大きく変えてしまうものだったのではないかと思います。どのようにして出会ったのでしょうか?
- 松前:「キツネ」のライナーにも書いてあるんですが、84年頃だったかな?東京で女性ボーカルのバンドをやりたくてキーボードマガジンにメンバー募集を出していたんです。「スチュアート・ガスキンみたいな音楽やりたし」って。しばらくたってからそれをたまたま岸野雄一がみつけて、彼は押上に住んでいて、僕は当時、亀戸に住んでいて「こんな近くにおもしろいヤツがいる」って手紙くれたんです。それでナイロン100%の彼らのライブを観に行って、その後、押上に遊びに行って、確か遊びに行ったその日に、そこにあったQX7で僕が打ち込むの見て、岸野がコンスタンスタワーズのメンバーに!って誘ってくれたんです。既に僕は「きどりっこ」を結成して活動していたので、2つバンド掛け持ちする事になりました。
- –:「きどりっこ」はどういう経緯で結成されたのでしょうか?
- 松前:これは「サウンド&レコーディング・マガジン」のメンバー募集です。向こうのメンバー募集に連絡したんです。
あの頃って、音楽関係の月刊誌の最後の所にメンバー募集のコーナーいっぱいありましたよね。今だったら、絶対無理だろうけど、住所もちゃんと出てて、連絡とれた。
それで一度やってみようという事で、スタジオでセッションじゃなくて、家にお邪魔して、一緒に曲を作って録音しようっていう、ちょっと珍しい初対面セッション。で、お互い気に入って、やろうって事になりました。 - –:渋谷の伝説的なショップ、CSV渋谷の2階にあった楽器売り場とスタジオは京浜兄弟社の活動拠点の一つとしてかなり自由に使用していた、という話をよく聞きます。もし公開しても大丈夫そうなエピソードがありましたら、教えてください。
- 松前:ごめんなさい。公開出来ないような話ばかりです(笑)よく「いろはにほへと」で打ち上げやって帰れなくなって、始発までみんなで楽器売り場やスタジオで寝てたとかですかね(笑)
>次ページ「僕の原点をやりたいっていう事が出来ました」へ
『あなたはキツネBEST+40 TARCKS』
/ 松前公高
2020年7/22リリース
フォーマット:2CD
レーベル:SUPER FUJI DISCS
カタログNo.:FJSP395/396
価格:¥2,880(税込)
ディスクユニオン
『松前公高ワークス 1989-2019』
/ 松前公高
2020年8/19リリース
フォーマット:2CD
レーベル:SUPER FUJI DISCS
カタログNo.:FJSP397
価格:¥2,950(税抜)
ディスクユニオン
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2020.8.21 18:00
カテゴリ:INTERVIEW, PU3_ タグ:JAPAN, 松前公高
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