【INTERVIEW】あがた森魚インタビュー(きき手:細馬宏通)
巻貝の憧れ
- 細馬:『ハリー・パーチのお嫁さん』にも、たくさん固有名詞が出て来ますね。
- あがた:ハリー・パーチは、すごいレベルの高い人のはずなんだけども、ホーボーして、彼もオノマトペの人だと思うんだ。たとえば、新聞売りの声みたいなものからイメージして音を作ってみたり、何よりあの色んな創作楽器を作るんだよ、彼は。汽車の汽笛の出るふいごみたいなのも作っちゃったりするんだよ。なんか無邪気さがすごいよね、やっぱり。しかも、学生たちにそれを演奏させたりとか。
- 細馬:なおみは誰ですか?
- あがた:なおみは、大坂なおみさん。全米オープンで活躍して。
- 細馬:ああ、そうなんだ。
- あがた:で、同じ2019年にね、あのグレタちゃんがヨットに乗ってニューヨークにやって来て国連で演説して、その夏はすごい未来を予感させる輝かしい印象があるわけ、オレは。だからグレタもなおみもまり子もって言ってるわけです。
- 細馬:この歌には「ヤドカリの巻貝のお家へ」ってフレーズが出て来ますね。
- あがた:うん、ある意味、「リンドバーグ夫人」と対になってるんだよね。貝殻自身における宇宙論みたいな。螺旋、こう、なんか、天空への憧憬のような、ここに1つの模型を作るみたいなね。
- 細馬:ああ、そうか。貝殻はいちばんとんがったところから年々螺旋を継ぎ足していって巻貝になるんだけど、いったん出来上がると、今度は出口のところからてっぺんに向かう憧れが見えてくる。「未来を飛ぶ乙女達にありがとう」って、現在から未来を見通す憧れ。
乗るとき恐怖症
- 細馬:『ボンネットバス』もすごく好きな歌なんですが、特にこのバスストップの扱いがちょっと気になってて。「いつか この町で一緒に/くらしているだろうか/そのバスストップも/今さっき通りすぎていったけど」というところ、その、せっかく思いを巡らせているときに、その思いを生んだものが早くも過ぎてく速さなんとも…
- あがた:そうなんです。現在現実認識が、憧れがすぐ現在になって、その現在も刹那的に過去へと消え去るという、はかなさと清々しさ。幼稚な連想ゲームだけどさ、観覧車ってどうやって乗るんだろうって、いつも思わなかった? ずっと回っているから…
- 細馬:ノンストップですよね。
- あがた:ね、そうすると、乗るときもちろんだけど、降りるとき、うっかり降りそびれたら、またもう一度、回んなきゃいけない、すごく不安な気持ちにさせれた記憶。
- 細馬:なんか、縄飛びの縄みたいな。この1番下に来たときにひょいって乗らないと。
- あがた:そうそう、それだよ、大きく言えば、乗り物恐怖症だよね。何か言い出すのに、すごく躊躇する。ま、みんな人間そうで、話しづらい人にはどうやって話そうかって躊躇したりするけど、これもまた親しくなるとっかかりなんだよね。観覧車も乗る一歩、降りる一歩が大事みたいなね。音楽だって歌い始めるときの第一歩…何でもそうなんだけど。
- 細馬:乗り物自体が苦手というよりは、乗るとき恐怖症…
- あがた:あっはっは、乗るとき恐怖症、未知の乗り物への期待とおののき。一曲作らしてもらいます。
池田修三の版画
- 細馬:ジャケットは池田修三の版画ですね。すてき。
- あがた:昔から、少年画っていうか、たとえば武井武雄とか高畠華宵とかが好きで、なんて言ったらいいんだろ、自分の世界観とシンパシーを分かち合える、そういうところがあったり、で、なぜか女の子向けでもあるんだよね。で、ふと池田修三の少年少女がパレードしてる作品のことを思い出して、タルホピクニックとも通じるなとか。で、改めて彼の作品の世界観を見てるうちに、ほとんどが少年少女の作品で、しかもそれが、ちょっと現実離れしていて少年的理知の世界がそこにあるところがよくて。
- 細馬:武井武雄がお好きだときいて、はっと思ったんですけど、池田修三のこの作品は木版画ですよね。で、武井武雄もそうなんですが、版画の図案性といったらいいのかな、鳥や花を描くときに、細かく描写するかわりにシンプルな線でぱっと図案化する感じがありますね。でも寄せ集めではなくて、なんていうのかな、ひとつひとつの生き物や人物や表情の組み合わせをコラージュしてから、いまいちど世界を作り直す感じがして…。
- あがた:分かった!武井武雄は、王子様とかお姫様とかさ、こう描いてるうちにさ、自分で額装というか、からくさ模様でこうやって絡めて、こう綺麗に額装してるようなとこあるよね、彼。そこにもちゃんと世界観を作るみたいな、さ。
- 細馬:はいはいはいはい、そうなんですよね!だから、人間が描かれてても、人間とモノとの境界があんまないというか。
- あがた:わかるわかる、石炭が擬人化して、こうやって、石炭が石炭を一生懸命くべてたりとかさ。やっぱり現実性のかけらもない人間人形時代的な。というか、現実から遊離してるんだよな、すでに空間全体が。
- 細馬:池田修三は、彫るからですかね。
- あがた:そう、版画っていう概念自体がもう、絵だったらこう写実を極めれるけど、版画って、こう彫刻刀で彫らなきゃいけないということで、もうすでに、戯画化せざるを得ないみたいなところがあるから。
- 細馬:あと、版画って、なんかどっかで、複製されることをもう知ってるというか、版画を作る人は、すでにこれは幾度も作られる絵だっての知ってて作ってる感じがある。
- あがた:油絵とかだったら1点しかないけど、版画はもう何点も刷れちゃう。タルホも同じようなこと言ってるよね、絵画って油絵とかは1点しかないから、その絵画自体のその重さに耐えられないんだって。だからロートレックのビラのように何枚も刷られるような絵画を僕はイメージし、そういうものを作りたい、みたいなことが書いてあったけど。
- 細馬:稲垣足穂の「弥勒」でしたっけ、紙を何枚も重ねて1日や1世紀に見立てる…
- あがた:紙の端にこう色を塗った、ね?
- 細馬:そうですそうです。紙に赤のインクと青のインクを垂らして、何枚も重ねて、そしたらそのインクがずっと下まで染みてくから、その一枚一枚を日没から黄昏れまでの1日、1世紀と考えていって…版画の複製にもそういう夢がある。
- あがた:表現は幼年の完成である、みたいなことを、様々な形でタルホは言ってるけども、その幼年の気高さみたいなものを、池田修三の作品にもすごく感じるんだよね。
- 細馬:この作品を見ると鳩と、この草と花、どっちが先だったんだろう、と思うんです。鳥が来たから花をかざしたのか、花をかざしたから鳥がきたのか。やはり花が先かな。誰のためでもなく、何の気なしに花をこうやってかざして見てたら、鳥がやってきて。それまでは、ただ花を持ってればそれでよかったんだけど、そこに鳥が来たとたんに世界が変わる、花は鳥と見るためのものになる。リンドバーグ夫人のところに妹が来て、浜辺の意味が変わるような。
- あがた:なるほど確かにね、そこまで意識がいかなかった。このアルバムでは池田修三の作品を表紙にかざしてみた。で、2024年に、なんで池田修三さんの内省的で奥深い作品なの、と思われるかもしれない。けれど、この作品を見てると、世界情勢から全て含めて、現在の現実に対する自分や現代人の気持ちが静かに、こう、落ち着くような含みがあるなっていうのが、この池田修三作品への愛着なの。人間はその自分自身の気高さを探すための旅でもある。それで、自分だけじゃなく、みんなに見てほしいわけ、この作品を。
『オリオンの森』
/ あがた森魚
2024年10/30リリース
フォーマット:CD
レーベル:Qpola Purple Hz
カタログNo.:QPHZ027
【Track List】
01. あいごっとあいごっと
02. 未来の名前を知りたい
03. 海洋憧憬映画週間
a. 夜空の果てまで秘密はない
b. るうもあ・れいるで
c. 豪華客船どでかい
d. 夕陽のガンマンそれから
04. 海をわたってくるものたちに
05. ららばい踊ろう
06. ハリー・パーチのお嫁さん
07. みんなと一緒の夜空を
08. ボンネットバス
09. ペルセウス湾から
10. QQQきゅうぴっど
11. オリオンの森に帰ろう
12. あおいあおいあおい
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2024.11.25 18:00
カテゴリ:INTERVIEW, PU1 タグ:JAPAN, あがた森魚