【INTERVIEW】『誰もいない夜の果てを』吉田和史

“うつむき系のカリスマ”と呼ばれるシンガー・ソングライター吉田和史。
昨年の12月に彼のバンドである吉田和史×夜窓を解散した彼がソロ・アルバム『誰もいない夜の果てを』をリリースした。
酒場という場所に身を置きながらどこか孤独を見にまとう吉田和史の新作であり、吉田和史×夜窓というバンドの解散時にもバンド解散の意味を語り、彼の今後の活動に関するキーワードを残していた吉田和史のソロ名義の作品である。
男性の心に届きがちな彼の音楽の孤独感は何処から来るのか、彼の音楽はどこに向かおうとしているのか。
彼にインタビューを試みた。


ちゃんと言葉を伝えられるアルバムを作りたいとは思っていたのでこういう形になった

–:2018年の12月に吉田和史×夜窓が解散してから約8ヶ月ほどのスパンでリリースされたますが、いつ頃制作がスタートしましたか?
吉田和史(以下、吉田):夏頃からリリースに向けた準備は進めていた。バンドが解散するかどうかに関わらずソロアルバムはいずれは制作しなければと思っていたから。まずは資金調達の目処がつくかどうかというところで7月頃から動いていた。前作『ルーザーズ』とは環境を一新して本格的なレコーディングに取り組む覚悟だったので、今回はまあ、かなり金がかかるなと。目処が立ったのが9月くらいだったかな。そこからエンジニアにアレンジャー、参加ミュージシャンを決めていって……という風に進んでいった。
–:エンジニア、アレンジャー、参加ミュージシャンはどのように決まっていきましたか?
吉田:エンジニアの岡本司さんは一発録りのアナログ録音なんかを得意としている方なんだけど、過去の手掛けた録音作品の音の粒立ちとか空気感とかがとても良くて。今回のアルバムも基本的に生楽器での一発録りだったので、これまでの作品ような仕上がりで是非、とお願いした。結果、レコーディングの様々な局面で不慣れな我々をリードしていただけた。
参加ミュージシャンは行きつけのバーで知り合ったピアニストの松本哲平さんとチェリストの高橋和之さんにお願いした。アレンジはチェロも含めて松本哲平さんの仕事。ただ仲良くなったからということではなくて、演奏も去ることながら一緒にうまく仕事を進められそうな気質を二人には感じた。それが決め手だった。新宿のtoiletというバーの日中を借りて約半年間リハーサルを重ねたが、実際に毎回アレンジが良くなっていく手ごたえがあった。しかも無駄な音を削ぎ落とす方向でやれたのは良かった。プレイヤーエゴがなくて二人とも音楽と向き合ってくれた。



–:先ほど制作資金の話をされていましたが、一番資金がかかったのはどのあたりですか?
吉田:スタジオ代とエンジニア代。これはプロに仕事という意味で妥当なものだったが。でも、個人で制作費のすべては賄いきれなかった。前作に引き続きBoccie Recordsというレーベルを名乗って出しているけど、実際には自分ひとりだけでやっていること。金を誰かが出してくれているわけじゃない。だから、行きつけのバーで仲良くしてくれている常連さんから借金したんだ。普通のサラリーマンの人に。毎月10万円ずつ振り込んでもらってさ。大金持ちってわけじゃないから、逆にすごい話だと思う。これからライブでアルバムを売ってその人にコツコツ金を返していくんだ。
–:このソロ作品はギターのシンプルな音とアクセントとしてチェロやピアノ音といったシンプルな音で構成されていますが、吉田和史×夜窓でのポピュラーな音作りからどっしりとした歌主体のアルバムへと向かった動機とはどのようなものですか?
吉田:曲は『ルーザーズ』を出した段階でもう30曲くらい溜まっていて、ポピュラーな音作りに相応しいものを吉田和史×夜窓として先に出した形。ソロとしてシンプルなアレンジで出した方が良いなというものがかなり積み残っていた。順番の問題だった。それと『ルーザーズ』の仕上がりが賛否両論で、元々弾き語りでやっていたこともあってソロが聴きたいという声も出てきたので「これはそろそろ出さないといかんな」という気分もあった。自分もちゃんと言葉を伝えられるアルバムを作りたいとは思っていたのでこういう形になった。



–:弾き語りというのはやはり言葉を伝える表現形態であるという事ですか?
吉田:当然重ねる楽器が少ない方が歌は強くなるわけで、言葉も聴き取りやすくなるからね。あと歌に入り込めるんじゃないかな。音の情報量が少ないから。物思いに耽りたいときにはあまり煩くない方がいいし、そういう類の音楽を自分がやっているという自覚はあるよ。大勢で聴く音楽じゃないよね。ひとりに向けて歌っている感覚もある。
–:約5年ほどの活動期間で30曲くらい楽曲が溜まっているとの事ですが、一番曲を作っていたのはどのぐらいの時期になりますか?
吉田:最初の二年は早いペースで書いていた。一か月に1曲ずつ新曲を書いていた感じ。言いたいほどが山ほどあったんだよ。言いたいことというか、言いたくても公には言えないことと言った方がいいかな。精神的にもキツイ時期だった。どうしてもそういう時期の方が書けるね。最近は書いてないし書こうともしていない。そういうモードになれない!今回のリリースがひとつの区切りになると思う。これが落ち着いたらもう一度腰を据えて作曲活動に取り組もうと思っている。
–:曲を作るときはどのようなシチュエーションで作ることが多いですか?
吉田:夜中だね。家でひとりで。だけど大家から苦情が来たんだ(笑)別に信者じゃないんだが、俺のマンション、とある宗教団体が管理していて。ある日、大家の教祖さまから手紙が来て「音楽を心楽しく演奏されるのはよろしい。けれど、あなたは荒野で一人で生きているわけではないのです」って諭されたの。それ以来、夜中に曲が書けなくなって。これからどうしようかっていう問題はあるよね。



20代の半ばからずっと新宿にいて、結果15年間も酒場にいる

–:今回の収録曲「絵具」は吉田和史×夜窓の『ルーザーズ』にも収録されていましたが、今作ではより歌声にフォーカスされいてる印象があります。吉田さんの中ではこの2本は差別化の意図はありましたか?
吉田:「絵具」は初期の代表曲とも言えるものなので、やはり曲本来の形である弾き語りバージョンを残しておかないといけないなと思って収録した。最小限にアレンジを削ぎ落としたことで夜窓バージョンよりも儚さが出ていると思う。
–:吉田さんというと酒場の弾き語りというイメージがありますが、吉田さんにとって酒場はどのような場所でしょうか?
吉田:20代の半ばからずっと新宿にいて、結果15年間も酒場にいる。こんなにいるはずじゃなかった。素晴らしい出会いもあったし最悪の別れもあった。だから愛憎両方ある。「酒場がどんな場所か」ってもう分からないくらい、今では当たり前の日常になってしまった。俺みたいに家族のいない人間にとっては唯一の拠り所。話し相手がほしいっていう、ただそれだけの話。音楽を始めてからは少しマシになって、虚しい酒も減ったけどね。



–:現在『わたしの孤独』(バーで客とマンツーマンで歌を弾き語りを行う企画)を行なっていますし、「プロのぼっち」という表現もされていますが、歌詞を見ると「自分」が「誰か」に話しかけている印象があります。吉田さんにとって孤独は誰かがいた上で発生するものでしょうか。
吉田:見知らぬ土地にひとりいる時なんかは孤独なはずだけど別に寂しくないよね。自分が歌っている孤独っていうのは他人に裏打ちされたもの。かつていた人が今はいないとか、誰かといるのに何も分かち合えないとか、そういう類いの孤独。都会でよくあるやつだよ。こんなに人はたくさんいるのに……っていう。
–:吉田和史×夜窓解散時に「新宿の歌はもう作らない」とTwitterで語られていた記憶がありますが、吉田さんにとっての「新宿の歌」とは?
吉田:自分の歌は基本的にノンフィクションの題材をフィクションに書き直したようなもので、これまでの曲の9割がたはずっと過ごした新宿でのことが元になっている。だけど経験したことは大体書き尽くしたし、もう飽きた。今回のアルバムには収録されてないが、去年の夏過ぎに『明日へ』っていう新宿の光景をふんだんに歌詞に盛り込んだ曲を書いた時に「ああ、やっと全部言い切れたな」と懐に落ちたんだ。だからもう作らないって言ったんだと思う。これから何を歌うのかはまだ決まってはいないが。



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『誰もいない夜の果てを』/ 吉田和史
2019年8/7リリース
フォーマット:CD
レーベル:Boccie Records
価格:¥2,500(税別)
【Track List】
01. 誰もいない夜の果てを
02. 近づかず 離れずに
03. 絵具
04. 埋葬
05. 代償
06. 疲れたね
07. クリスマスを待ちながら
08. 檸檬焼酎
09. 太陽
10. 夏の庭

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2019.8.14 12:00

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