【NEWS】KiliKiliVilla 主宰者 安孫子真哉の農園の支援とコンピ制作のためのクラウドファンディングをスタート
レーベル KiliKiliVillaの主宰者 安孫子真哉は31日、クラウドファンディング『吉里吉里農園応援プロジェクト』をスタートした。
このクラウドファンディングは、安孫子が運営する農園「吉里吉里農園」の経営の立て直しと、KiliKiliVillaのコンピレーションvol.2の制作費用捻出のために開始されたもの。
リターンとして、吉里吉里農園の作物や、コンピレーション『While We’re Dead 2』のCD/LP、Tシャツやパーカーといったグッズ類が用意されている。
クラウドファンディングの実施に際して、KiliKiliVillaの安孫子真哉と与田太郎からは以下のコメントが寄せられている。
【吉里吉里農園クラウドファンディングに向けて】
ページを開いて頂きまして誠にありがとうございます。
私は群馬県在住で農業を営み、また音楽レーベル「KiliKiliVilla(キリキリヴィラ)」を主宰している安孫子と申します。
3年前に埼玉県上里町にて知人の2人と農園を始めましたが、この春意志の相違により3名での農園運営は解消となり私1名で農園を引き継ぐ形となりました。それにより農園の立て直しが必要となりこの度クラウドファンディングという形で皆様にお力添えを賜りたく思っています。この窮地から農園を再建し、そして音楽を愛し楽しみレーベルの更なる活性化に向けて希望を繋ぎ励んでいきたい気持ちでいっぱいです。
この2年ほどは私の至らなさもあり、なかなかうまく噛み合わない状況に正直何度も心身共に壊れかけてしまっていた事は事実です。極めて情けない状態で友人に泣きつき相談し、どうにかこの窮地を脱したい一心に、それに気持ちひとつで駆けつけてくれる音楽を通して出会えた友人達のあまりにも温かな心意気に日々柔らかな心の置き場を与えてもらって支えて頂き今現在も農業に励めています。
子供の頃から音楽が大好きでした。ずっと音楽を聴いては数多のロックバンドに恋焦がれては自分もいつかはバンドで演奏する事に憧れてばかりいた子供時代で、まさか自分がそれから上京してバンドに入りたくさんの得難い体験を出来た事は本当に幸せな事で今でも時折信じられないような気持ちになります。
バンドを脱退して群馬県に移り住みました。
まだまだ心も生活も全く落ち着く間もない頃ではありましたが、本当に有難い事に私にとってとても魅力的なバンドとの出会いがあまりにも沢山あって、自分もまた音楽に関わりたい願いから音楽レーベル「KiliKiliVilla(キリキリヴィラ)」を設立致しました。
日々とても素敵な体験を沢山させて頂いています。歓喜も悔しさももう本当に色々と。様々に躍動する人達が紡ぐものを感じる事は生きている事を感じ考えさせてくれます。
ロックバンドは本当にロマンチックで、だからこそ、このような時代だからこそロックバンドに魅せられる意味を強く感じたりもします。ずっと音楽の側にいたいです。
はじめはサラリーマンをしながらのレーベル活動でしたが、ある一つのきっかけから突如農業に激しく興味を抱く事になりました。初めてパンクロックに触れた時と全く同じドキドキを感じている事に気付き、このトキメキは本物だと、自分でも全くの思いも寄らなかった衝撃にドクドクとアドレナリンが湧き出て音楽と共に探していた「日々の生活」という片脚をやっと見つけられた気持ちで本当に嬉しかったのです。もう40歳になる時でしたが本やインターネットで農業について興味を深め学校に通い農業のパートに就き、どんどんのめり込んでいきました。パンクロックの事を知りたくていてもたってもいられなかった少年時代から続いているあの感じと全く同じ気持ちになっていて夢中になれる事に喜びが溢れました。
やっと深呼吸出来るようなそのような状況に来れたと思ったのですが、このようなお願いを皆様にしなくてはならない事とても心苦しく思います。未来がほんの少しでも他の誰かに繋がり紡がれていけるよう尽力していきたいと思っています。
大きくなり過ぎた、小さい、色が少し違う、曲がっている、形が変。収穫しているといわゆる規格外とされる作物もたくさん採れます。どれも通常でしたら廃棄せざるを得ない作物です。行き場を無くした野菜を見ていると、それはまるで社会にうまく馴染めない事も多くある自分自身や優しくも不器用な仲間たちの顔もよく思い浮かびます。そんな作物達にも行き場があるようなルートもこの先構築していきたいと思っています。
また農業はフリーランスや色々な方の副収入源にもなり得ると思います。私にも何かしらのアドバイスが出来るかも知れません。作物や時期を選び少しでも農作業に触れる事は普段の仕事や生活に何らかの気づきをもたらしてくれそうですし、何より楽しく心地良い感覚があるはずです。私の方では今では余剰に耕作地があります。誰かと農作業や収穫物を共有し、ほんのひとときでも一緒に語り合い穏やかな時間など過ごせたら面白そうなんて考えています。
農業は私も何の知識も伝手も無いところから始めました。日の出や日の入りが毎日1分ずつ変わっていく事にも無自覚だった私が雲の位置や風の強さなども、当たり前のように変わっている毎日をよりかけがえなく感じるようになりました。作物も人間や音楽のようにそれぞれが違い、向き合い方も複雑で色々な想いを馳せるきっかけを私に与えてくれました。農はとても面白い営みでした。音楽と同じくらい私には魅力的でこの毎日を大切に暮らしていきたいです。無数の違うもの同士が共生している世界という当たり前の現実に、日々誰もが彷徨い少しでも心の拠り所を探しているのだろうと思います。実りを受け取り受け渡し、音楽は誰かの旅路の脚を急がせ時に背中を支えている。携われた作物や音楽が少しでも何処かの違う誰かに届きます様に。
– 安孫子真哉 / KiliKiliVilla , 吉里吉里農園
音楽レーベルであるキリキリヴィラが本格的にスタートしたのは2015年、私も安孫子もそれぞれに仕事をしながらのレーベル運営でした。好きな音楽だけしかリリースしないという方針にもかかわらず、レーベルはなんとかリリースを重ね現在では品番が150に届こうとしています。この7年多くのミュージシャンとコミュニケーションをとりながら進んできました、そこでいつもテーマになるのが生活と音楽のバランスでした。もちろん安孫子ともいつもその話をしていました。彼はいつも納得できる仕事で生活ができるならあとは音楽があるだけで充分に幸せだと言ってました。2020年に一年間の準備期間を経てスタートした吉里吉里農園は彼にとって銀杏BOYZ脱退後から長く続いたトンネルの出口だったと思います。農園のスタートからの2年間はほぼ休みなし、あれだけ頻繁に見にいっていたライブに来ることもありませんでした。
コロナ禍が世界中に広がりはじめたタイミングの船出であったこともあり最初に2年間はとても大変だったはずです。そして予想以上に難しい状況になってしまいました。同じレーベルのスタッフとして、また友人として彼がこの状況を乗り越える手助けができればと心から思います。この約7年間のレーベル業務で気がついたことは、音楽も小さなコミュニティーを作り、人と人を繋ぎ根を張るよう育てることが必要だということでした。それは農作物をつくることとよく似ているのではないでしょうか?
そして今彼がやろうとしていることは私たちの周りや近くにいて音楽でつながっている人にとってもとても希望のある取り組みだと思います。そういう意味でも音楽レーベルであるキリキリヴィラはこれからさまざまなかたちで積極的に吉里吉里農園にかかわっていこうと思います。彼がこの2年で得た農業に対する知見と農園を運営する経験はかならず大きな実を結ぶはずです。そしてきっと新しい景色を見せてくれると思います、みなさまご支援をよろしくお願いします。
– キリキリヴィラ 与田太郎
2022.5.31 19:00