【INTERVIEW】あがた森魚インタビュー(きき手:細馬宏通)
2024年10/30に発売された、あがた森魚の新作アルバム『オリオンの森』。そこでは、これまであがたによって幾多の作品で培われてきたタルホ的な未来、幼年の完成を目指す力が、以前にも増して加速している。共同プロデューサーに伊藤彼方 (Quanata Recognize) 、塚原義弘を迎え、弛みないリズムとアレンジのもたらす推進力と多彩なコーラスが、きく者を明るい空の彼方の闇へと誘う。何よりも、あがた森魚のことばによって、思いがけない星と星が結びついて星座となり、オリオンへの思いは着実に高められていく。その繊細にして広大なスケールの想像力はどこからやってくるのか。各曲のあちこちに散りばめられた固有名詞は、いかなる憧れへと繋がっているのか。夜汽車、リンドバーグ夫人、オノマトペ、宮城まり子、コニーアイランド、乗り物、巻貝、そしてジャケットの少年と花と鳥、池田修三の版画に込められた思いに至るまで、『うたのしくみ』の細馬宏通とじっくり語り合った3時間の記録を、ここに圧縮する。
2024年9月26日:あがた森魚インタビュー(きき手:細馬宏通)
オリオンへの想像力
- 細馬:この10数年、あがたさんはどんどんアルバムを出されてますね。同世代の方々はむしろ寡作になっていってると思うんですが、あがたさんからは、どんどん湧いてくる。
- あがた:これは表現者には、つきまとうことかもしれないけど、音楽に対してなのか、自分が置かれてる色々、国際情勢から日常に至るまで、現実に対する受け止め方とか表現における達成感や充足感のなさってのはずっとあるわけです。
だから2008年ぐらいが還暦だったんですけど、2011年の東日本大震災からずっと毎年アルバムを作り続けることで、それこそ今回のアルバムのA面のメドレーと一緒ですが、時系列を確認することで、なんとか自分の現在の立ち位置の確認がしたい。音楽は、作ったり歌ったりしている間は楽しいから、あなたと会ってるときも楽しいから、ともかくその瞬間なり、あるいはギター持って旅に出ているときは楽しいから、その刹那刹那の楽しみなりをこうとにかく維持したい気持ちにかられる。 - 細馬:その感じというのは、還暦になって突然出て来た感情なんでしょうか。
- あがた: ちょうど2000年に小学校の時の恩師、佐藤敬子先生が亡くなったのですが、それにオマージュしてアルバム『佐藤敬子先生はザンコクな人ですけど』を作ったたわけでは全くなくて、なぜか、小学1年のときの担任の先生としての彼女の存在が、折りに触れフィードバックし続けるからです。自分の女性の原型がそこにあるからとも言えますが、イナガキタルホ的に言えば「表現は幼年の完成である」ということでしょうか。年を取れば取るほど子供帰りしていくっていうか、ある年齢からまたこう遡るというか。
それは、僕自身が現在の現実に満足してないからとも言えるが、そういうときに佐藤敬子先生や自分の幼年期の幸福だった時代を思い出すというかね。上野駅や横浜駅に似たあのモダンな小樽の駅と、近代を色々請け負った小樽の町のあのどよんとした、近未来的で、でも退廃感のあるあの町のことを思い出すとうっとりとするわけです。幸せなわけです。時代から取り残されてたり、でも近代の栄華があって、札幌にはない港町の独特のエキゾチズムがあって、その中に小樽の町で小学校時代のオレを育んだ佐藤敬子がいたという認識が、一つの魂の奥底にあって、いつも自分を包んで幸せにしてくれています。
振り返れば『日本少年』にもそういうところはあったんですが、特に2001年の『佐藤敬子』を境目に小樽や、函館という、港町に、自分は依存できる、自分を許してくれる場所として素直に感じとることができるようになってきたんです。
晩御飯ぐらいは大事な人と一緒に食べようというような感じです。向こうはこっちを認識してない場合でも、共有、依存し合える関係性みたいなものが大事であるということに、佐藤敬子の辺りから気づき始め、この『オリオンの森』にも至っているわけです。
- 細馬:確かに『オリオンの森』では、港もバスも出てきて、港町の気分がある一方で、宇宙がわあっと出て来ますよね。その宇宙に対して、育んでくれるとか、思い出すというか、そういう感覚。
- あがた:銀河系で、太陽系に一番近い「オリオンの腕」っていうものがあって。地球から見るとオリオン座のちょうど向こう側に、いっぱい出てる銀河系の腕のうちの一本がこっちに向かって見えてるから、オリオン腕と呼ばれてるんですけど、「腕」は一つのわかりやすい銀河系への誘いだと思う。そこがあるよ、もうそこに行ってみるのもいいよっていうか、オレたちの帰るところ。僕はその銀河系全体をオリオンの森と見たてて、いや、森に見えているものも、さらに宇宙の外側から見れば、太陽系もオリオンの腕の中かもしれないしね、なんて考えていって、どんどんどんどん包み込まれてく。あ、オレたちは包まれてるかもしれないなと思い込もうとしたい。
- 細馬:「オリオンワン」。腕であり湾。湾ってどこか両側から海を抱きとめるようなところがありますね。
- あがた:なんかこう通底するね。こう包んで、こう守ってくれる感じ。
- 細馬:湾は地形なので、空間であり、伸ばされた腕の形なんですが、今のあがたさんの話をうかがってると、抱く動作、伸ばす動作としての腕を考えておられて、そこがなんともぐっときちゃいました。なんと言ったらいいだろう、星図盤の上の星座と、空を見上げてみる星座の違いかな。空には星座の線は引かれてないから、まず星を探しますよね。三つ星はどこかな、ペテルギウスはどこかな、リゲルは、って。でそこから、オリオン座が起ち上がってくる。そういう動的な星座のイメージ。
- あがた:オリオンって非常に親しみ深い星座だし夜見てて探しやすいよね。埼玉県川口に引っ越しして約20年経つんだけども、荒川の土手のすぐ脇だから、ラッキーなことに空は広いし1日中東から南、西って、ずっと日が当たる。でも駅からゆっくり歩くと20分ぐらいかかるんで、ときどき、いつまでこの道を家まで帰るのかなとか思うわけよ。で、とりとめもなく家に近づいていくと、荒川の上にオリオン座が見えるわけです。ま、どこからでも見えるんだろうけど、案の定見えるわけ。それがちょっと心のなぐさめになったりもする。これからもずっと付き合ってくれるのかなと。
- 細馬:星に抱かれるって話をすると、野尻抱影を思い出しちゃいますね。抱影は横浜生まれで、中学校のとき風邪をこじらせて修学旅行に行けなくなって病院で寝ていて、そのとき窓から見える3個の星を見て、はっと、それがオリオン座という星座ではないかと気づいて、それが星座に取り憑かれた始まりだったんですって。オリオン座って冬の星座ってことになってるけれど、抱影の本を読んでると、もう10月ごろから「オリオン現わる」なんて具合にオリオン座がのぼってくるのを待ち望んでて、もうとにかくオリオン座を見つけることがうれしくてしょうがない感じが伝わってくる。
- あがた:いいね。
- 細馬:『夜空の果てまで秘密はない』で「君と僕だけの秘密」「夜空の街まで秘密」って世界が拡大していって、そこから先に「秘密はない」広さがやってくる。秘密は守られてる一方で、全然見通せてるというか。君と僕だけの秘密があることと、オリオン座まで想像力が届くことと、秘密がないことは、全部両立するような気がするんです。
- あがた:恋人であれ、友達であれ、誰であれ、向き合うときの、お互いの気配をどう分かち合うかって、そのことなんだな、うん。勝ち負けということじゃなくてね。秘密だよねって、宇宙には秘密はなくて、けれども愛し合ってれば2人だけの秘密はあって、それが秘密を持つほどのことなのかどうか。ずっとそういうことが堂々巡りしてるわけだよね、恋愛のようなものは。
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『オリオンの森』
/ あがた森魚
2024年10/30リリース
フォーマット:CD
レーベル:Qpola Purple Hz
カタログNo.:QPHZ027
【Track List】
01. あいごっとあいごっと
02. 未来の名前を知りたい
03. 海洋憧憬映画週間
a. 夜空の果てまで秘密はない
b. るうもあ・れいるで
c. 豪華客船どでかい
d. 夕陽のガンマンそれから
04. 海をわたってくるものたちに
05. ららばい踊ろう
06. ハリー・パーチのお嫁さん
07. みんなと一緒の夜空を
08. ボンネットバス
09. ペルセウス湾から
10. QQQきゅうぴっど
11. オリオンの森に帰ろう
12. あおいあおいあおい
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2024.11.25 18:00
カテゴリ:INTERVIEW, PU1 タグ:JAPAN, あがた森魚