【REVIEW】ライブレポート:死神紫郎、17周年ワンマンで見せた執念の生き様

2021年8/8(日)、東高円寺二万電圧で、死神紫郎の17周年記念ワンマンライブが開催された。世間では、様々な波紋を呼んだ東京オリンピックがエンディングを迎え、新型コロナウイルスの感染者が急増し、巨大な台風まで近づいている。そんなカオスな状況に日本中が見舞われる中、東高円寺の地下では、濃密な音楽が渦巻いていた。



先述した状況にもかかわらず、ある種の覚悟を決めて集まった観客たちで座席は埋まり、ライブが始まるころには立ち見まで出るほどだった。そんな中にオープニングゲストとして登場したのは、面黒楼卍。鍵盤の上を自由自在に舞い踊る指と、深い赤で彩られた唇から生み出される歌は、一瞬にして観客たちの心を異空間へと誘っていく。鍵盤と歌のみのシンプルな音楽にもかかわらず、彼女の表現はとても濃密だ。ときには朗らかな淑女のように、ときには妖艶な夜の女のように、ときには悪夢の中で見る魔女のように。移り変わる表情と緩急のつけた演奏で、様々な情景を観客たちに見せていく。まるでダークなミュージカルを見ているようだった。演奏中は何かが憑依しているような気迫に満ちているため、途中のMCで、「死神紫郎さん、17周年おめでとうございます。特別な日に呼んでいただいて嬉しいです」と関西のイントネーションで挨拶をしながら笑顔を見せてくれたときは、ホッと安心した。そんな面黒楼卍は、約30分間のライブを終えると、観客たちに強烈なインパクトを残して去っていった。



そして本日の主役、死神紫郎が満を持して登場。転換中の気の抜けた空気が一気に張り詰める。おもむろにギターを弾き始めると、激しく強弱をつけて鳴らし、それに合わせて椅子に座ったまま身体を揺らす。その様子は、まるで暴れだしそうになる心をなんとか押さえているようだ。この日の1曲目は、「七人掛けの椅子」。誰もが覚えのある電車の座席の取りあいという身近なテーマを、スピード感のあるリズムと不安や焦りを感じさせるフレーズで表現する。ギターを激しくかき鳴らす度に、赤と白のタッセルが垂れ下がった仏具イヤリングが耳元で激しく揺れ、感情の高ぶりを表しているように見えた。

MCでは、まず17周年を無事に迎えられたことと、今日集まったファンと配信で見ているファンにお礼を述べる。そして、「この感謝の気持ちを返すのは音しかない。私は面黒楼卍さんが最後に演奏した『夕闇の舟唄』が大好きで、自分はあの曲を聴くために生まれてきたんじゃないかとすら思わされる。魂にタッチしてくる音楽はすごく尊い。自分も、血の通った一音を、水の通った一音を出せるようにこれからもやっていきたいと思います」と、このライブと今後の活動への意気込みを語った。



ブルーグリーンに照らされたステージは、まるで巨大な水槽のよう。そんな幻想的な景色の中で「水葬」が始まる。演奏時間10分を超えるこの楽曲は、本人いわく、”地獄のような曲”とのこと。曲の長さからそう表現したのだろうが、演奏が始まると、独特の間合いで一瞬にして死神紫郎の世界へと引きずり込んでいくので、退屈さを感じる隙など全く無い。一音一音を噛みしめるように重々しく奏でられるギターの音と朗々とした歌声に、心を突き刺される。

続く「逃げろ!」は、音源未発表の楽曲。奴隷のように働く社会人の姿を描いた歌詞が印象的だ。まるで“君たちの歌だぞ”と言わんばかりに観客ひとり一人を指さしていく死神紫郎。途中、<おい! 言われたことくらい一回で覚えろよ!>と迫力のある怒声も飛ばす。後方の座席にいた一人の観客が思わず立ち上がり、前のめりになって食い入るようにステージを見つめていた。

ここで、iTunes Storeのフォーク部門で日本1位を獲得したという1stデジタルシングル「人間樹海」を披露。<咳をするなよ 犯罪者>という歌詞には、コロナ禍で暮らす人々の生きづらさの全てが詰まっている気がした。この曲が描く社会の印象に同意するかのように、観客たちは大きく頭を上下に揺らしてリズムをとる。曲のラストで激しくかき鳴らされたギターの音に、胸をかきむしられたような気持ちになったのは、きっと私だけではないだろう。



次に演奏された「牛は屠殺を免れない」も、AppleMusicのフォーク部門で日本1位を獲得した作品。ステージを照らす真っ赤なライトと死神紫郎のギョロリとした眼が、この曲の血生臭さとエグみをより強くしていた。1:56の短い曲だが、一度聴いたら忘れられないインパクトがある。生で聴けば、さらに耳から離れなくなる。



半年前から、ラップに目覚めたという死神紫郎。フォーク歌手として17年活動してきた歴史があるにもかかわらず、新しいジャンルに手を出す探求心も彼の凄みの一つである。そんな彼が披露した自作のラップソングが「執念のラップもういっちょ」。哀愁漂うギターの音に、これまでの音楽人生を語る言葉を乗せてフロアへと放つ。<執念 それは一つの武器 不気味でも気になる個性になるから>というリリックは、死神紫郎というアーティスト自身の生き様をそのまま表現しているようだ。



過去にラジオでオンエアされたことがあるというMCの前振りから始まったのは、「夢遊蝕〜ムユウショク〜」。死神紫郎の最大の特徴でもある独特の間合いと表現力で、観客たちを引き込んでいく。身体全体を使って鳴らすギターの音には、先のMCで宣言した通り、血の通った温度を感じた。真横を向いて演奏する場面では、横顔の造形美に圧倒される。



照明が薄暗い青に切り替わると、「続・自殺の唄」が始まる。この曲では、<投身自殺をした人は なかなか綺麗に死ねなくて>といった具合に、様々な自殺方法を挙げては<なかなか綺麗に死ねなくて>と繰り返し、自殺への幻想すらも打ち砕いていく。それを歌う死神紫郎は、眉を顰めながら苦しくて堪らないという表情を浮かべている。まるで恐怖映画でも観ているような緊張感と、重々しい空気がフロアを包む。



その空気感をさらに重くしたのが「アンドロイド」だ。比較的アップテンポな曲なのだが、真っすぐで力強い死神紫郎の声が、無機質に聴こえてとても不気味だ。その異様な不気味さは曲が進むにつれて大きくなっていき、ラストの<私は機械だ お前もだ!>で弾け、観客たちをドキッとさせる。

ライブは終盤へ。ここで2019年11月にリリースした同名のアルバムから「さよなら平成」を披露。たっぷりと抑揚をつけて歌い上げるこの曲でも、独特の間合いが光る。叫ぶように力強く歌ったり、ボソッとセリフを呟いたり、ギターの弦をピックで滑らせギリギリと音を出したりと、見所が詰まった1曲だ。



本編ラストは、8/2にリリースしたばかりのデジタルシングル「ねぼけまなこ」。ループするギターのフレーズから始まり、途中狂ったようにギターを弾く場面も。どこか民族っぽい雰囲気のあるこの曲では、観客たちがリズムに合わせて身体を揺らしたり、足でリズムを取ったりと、着席しながらも各々のやり方で楽しんでいるのがわかった。



本編が終わったあとに起こった大きな拍手が、そのままアンコールを求める手拍子へと変わる。するとすぐに再び死神紫郎がステージに現れ、この日のラストを飾る「紫郎の夢は夜ひらく」を披露した。この曲は、フォークソングらしい哀愁と、死神紫郎らしい激しい抑揚が同居した作品だ。歯を食いしばるようにして、これまでにないほど激しくギターをかき鳴らし、感情をむき出しに見せる死神紫郎。最後には、ガクンと椅子から崩れ落ちるほどに全てを出し切り、この日の公演に幕を下ろした。

昨今は、シリアスな内容もポップなメロディに包んで表現する音楽も多いが、そんな中で真っすぐにシリアスを歌ってくれるのが死神紫郎の魅力だ。凛とした堂々たる佇まいと、緊張感のある独特の間合い、そして朗々とした歌声で表現するステージは、唯一無二の世界観をつくりあげている。そして彼の音楽は、17周年を迎えた今もなお進化中だ。決して保守的にならないその姿勢こそが、死神紫郎というアーティストの生き様なのかもしれない。

テキスト:南明歩




【面黒楼卍 セットリスト】
01.一粒の種
02.懐かしいけど聴いたことのない不思議な歌
03.人工海月
04.幾億光年彼方の残像
05.盲目の羽虫の群れ
06.夕闇の舟唄

【死神紫郎 セットリスト】
01.七人掛けの椅子
02.水葬
03.逃げろ!
04.人間樹海
05.牛は屠殺を免れない
06.執念のラップもういっちょ
07.夢遊蝕〜ムユウショク〜
08.続・自殺の唄
09.アンドロイド
10.さよなら平成
11.ねぼけまなこ
en.紫郎の夢は夜ひらく

2021.9.22 21:00

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