【INTERVIEW】 『Smile Jesus Loves YOU』馬頭將器
ゴーストやザ・サイレンスでの活動でも知られる本邦サイケデリック界の奇才、馬頭將器。
近年では、グループやソロでの活動の他、アタウアルパ・ユパンキの弟子としても知られるフォルクローレの巨匠、ソンコ・マージュの新作プロデュースや、英トラッドの名ギタリスト、ジョン・レンボーンの発掘ライヴ作(Drag City 2018年発売)の監修等、八面六臂とも言えるフットワークにも注目が集まるところだ。
サイレンスとしての新作も控える中、一足先にリリースされた最新ソロ・アルバムには、旧ゴーストや現サイレンスのメンバーを含む多彩なゲスト・ミュージシャンの参加が見られるが、特に目を引くのは不失者やア・ムジーク、ヴァイブレイション・ソサエティ等で活躍した伝説のパーカッション奏者、L/エルこと臼井弘行の存在だろう。
各曲の音楽性からメンバーに関するエピソード、反意としてのタイトルまで、最新作を中心に話を訊いた。
1人の人間から発する音の周波数は多くないので、色々な楽器を使って工夫してもやはり周波数が被りますから自己色が濃くなるばかりで、やはり拡がりませんね
- -:先ず、前作「NOWHERE」(Drag City 2019年2月発売)から短いインターバルでの新作登場に少々、驚いていますが、前作が完全なソロによるギター・アルバムだったのに対して、今回のアルバムはザ・サイレンスのメンバーを含めてゲストも多彩で、趣きが異なりますよね。もちろん、ソロの曲もあるけれど、当初からコンセプトをはっきり分けていたところがあるのですか。
- 馬頭將器(以下、馬頭):私の周りには優れたミュージシャンやアーティストが居てくれたおかげで、楽曲によってふさわしい方に参加して貰えたわけです。やはりひとりだけでは拡がりがないと言うか、たかが知れていますから。1人の人間から発する音の周波数は多くないので、色々な楽器を使って工夫してもやはり周波数が被りますから自己色が濃くなるばかりで、やはり拡がりませんね。
前作は4作目でしたが1995年のファースト『A Ghost From The Darkened Sea』以来のギターと歌のアルバムでした。 - -:カバーが2曲、収録されていますね。ソンコ・マージュさんとは、アルバム 『大地に生きる』(2019年3月発売)をプロデュースした繋がりがあるわけですが、この曲「儚い煙草」をカバーに選んだ経緯を教えてもらえますか。
前作に収録されていた「ガウチョの空」なんかも、ユパンキ的な世界観と共通するものがありそうですが。 - 馬頭:「儚い煙草」を選んだ理由は、やはりユパンキの楽曲として素晴らしい点に加えて、私は実はソンコ・マージュのカバーを聴いてそちらからより多くの衝撃を受けた為です。あのどんどん音階が落ちてゆく暗く鋭いマイナー・ドロップ・コードと、正反対の優しく丸い和音構成のブリッジの原曲の構成に加えて、ソンコ・マージュは彼独自の日本語の歌詞を付け加えた事によって全く新しい歌曲として生まれ変わらせた。歌詞の内容は原曲と等しいが、そのシラブルや言葉の選び方に彼のセンスを感じる。タイトルからして「儚い」と「煙草」。これは別段「はかないタバコ」でも意味する物は同じですが、全く日本語の美しさが違う。煙の草とは何とも粋です。私もソンコ・マージュも煙草を吸いませんがね(笑)
- -:ソンコマさんの日本語の歌は名曲が多いですね。高木恭造さんの詩に曲を付けたものなど、ほんとうに素晴らしい。(CBS SONY 1975年『高木恭造 津軽方言詩集「まるめろ」』 )
もう一方のカバー、イタリアン・バロックのリュート曲「サラバンダ」というのも意外な選曲ですね。ぼくは原曲を知らないのですが、弦の響きがとてもきれいです。 - 馬頭:この曲は16~17世紀に流行したリュート伝承曲で3/4のリズムで演奏された舞曲です。テンポは比較的ゆっくりとしています。遅い舞曲も沢山ありますが、この曲は簡単に聴こえて実は演奏上の工夫が凝らされていて、私は上手なプレイヤーではないので大変苦労しました。所々でわざと音を半音でぶつけて不安な雰囲気を表現しています。美しい曲で珍しいメロディなので取り上げてみました。
- -:この曲を含めて、インスト曲が3曲、収録されていますが、どれもタイプが違いますね。「バンジョー・スート」は即興という事ですが、コンポーズされたようにも聴こえて、件の「サラバンダ」とは異なる演奏上の工夫が凝らされているようにも思われます。「シュライン・コーク」のティンパニの音等も、とてもユニークですね。
- 馬頭:「バンジョー・スート」は即興で弾いたバンジョーに月琴とバンジョーをもう1本を重ねたものです。録音時間が余ったので適当にやってみたのですが、構成も演奏もラフですが楽器の特性上ダイナミクスが広いのでオーディオ的にも面白く聴こえると思います。東西の弦楽器トリオですね。
逆に、「シュライン・コーク」はしっかりとコンポジションされた楽曲です。倍音の多い楽器=ブルガリアン・タンブーラ、バンジョー、マンドリンが旋律を反復した上に元サバート・ブレイズ、ゴーストの岡野太(現在はザ・サイレンス、非常階段)がティンパニと銅羅を重ねた。元々、彼は出自がクラシック畑なのでロックやジャズのプレイヤーでは到底不可能な演奏を聴かせてくれます。私の吹いたシャーナイを含めてどの楽器もとても倍音を多く含む特性があるので聴いて楽しめるのではないでしょうか。 - -:東西の弦楽器トリオ、ですか。西欧音楽とオリエンタルなアレンジの融合は、ゴースト以来のテーマでしたね。ゴーストも倍音成分を多く含む演奏が特徴でしたが、シャーナイというのは、あまり馴染みのない楽器であるように思われます。
岡野さんのオーケストラ時代についても、何かエピソードがありましたらお願いします。 - 馬頭:オーケストラでの打楽器奏者の立ち位置って、結構辛い場合も多いのではないかと思いますが。ワーグナーやシュトックハウゼン辺りなら出番も多いでしょうけど、マーラーなんかだと最終章の一打だけ。出番が少なくてなかなか間違えてしまいそうなほど暇な楽曲も多いようです。それに比べたらロックのドラマーなんて叩きっぱなしで楽しいのではないかと思いますよ。転向した最初の頃はバスドラムを足のペダルで踏むことに抵抗感が強かったとか聞きました。
シャーナイはチャルメラみたいなものですが、バンジョーや他の楽器と同じく我流しか吹けませんから、いい加減な物です。
音楽とは自然と表出する私の自己表現の一部分でしかありません
- -:馬頭さん自身によるライナーの中で、冒頭の曲「巳の刻の中に」に触れて、音楽と医術、そして治療について書かれていたのを興味深く読みました。音楽は他者へのセラピーである(もちろん、それだけではありませんが)と同時に、奏者自らへのセラピーでもあり得る、といった意見(確か、北村昌士さんだったと思いますが)もあったように思うのですが、どうでしょうか。馬頭さんが最初に言っていた、「拡がり」といった事とも関係している気がするのですが。
- 馬頭:私にとってはレコードなどで音楽を聴く事は楽しみであり癒しなのかもしれません。しかしながら音楽を演奏する場合は自己へのセラピーという側面は有りません。どちらかというと話したり絵や物を書いたりする自己表現の一つでしかなく、もっと言うと私には音楽を演奏する表現は不可欠ではないかな、とも思います。
演奏に特に強い思い入れは無いです。いつ音楽を止めても良いと思いながら、色々な仲間との出会いと御縁から続けさせて貰えていると言うのが正直なところです。ハレやケの区別も関係なく、音楽とは自然と表出する私の自己表現の一部分でしかありません。 - -:確かに、色々な仲間との出会いと御縁、というのは大切だと思います。アルバムのタイトル曲である「スマイル・ジーザス・ラヴズ・ユー」には仲間であるゲスト・ミュージシャンの参加も多く、アレンジメントにも特に力が入っていますね。
ただ、ライナーにもあるように、本来は反意であるタイトルが、昨今の情勢から再び額面通りのパワーを取り戻すかも知れない、とは考えられませんか。 - 馬頭:押し並べて信仰の力というものは人の危機にあってこそ強まるものだと思いますし、実際の心の救済になり得ると思います。ただ、私がここでテーマとした主題は意味合いが異なります。「Smile Jesus Loves You」というニコちゃんマークを配したフレーズは、アメリカがベトナム戦争へ突入していった前から用いられていたキリスト教福音派のシンボルですが、フラワー・ムーブメントに乗ってカラフルに彩色されてワッペンなどで再登場しました。それはヒッピーかぶれの若者にはごく呑気な「神がついているぜ」という程度のファッションの一つでした。
私が言いたいのは「神」という人間の被造物は人間の危機を救うものではないという事。話すと長くなるので説明を短くしますが、欧米列強は神の御旗の下に他国を侵略して入植しました。殺人も正当化されます。アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所を解放したのは神ではなくソ連兵でした。人間の大罪過には神が現れて救済すると聖書にあるのに。
現人神と言われた天皇の御旗に対中戦争を仕掛けた日本軍は、当初の不拡大方針に背いて戦線を拡大し続けました。食料や燃料の補給は追い付かないので略奪を繰り返しながらの進軍でした。南京を陥落させたとの報に天皇は深く満足したと伝えられています。真珠湾攻撃の時と同じく、国民も熱狂して街路へ繰り出し提灯行列でした。キリストも天皇もヤハウェもアラーもザラシュトラも神とされた者です。他の宗教には時に過酷なまでに残忍でした。私は単純にそんな神は要らないと思うのです。ですから、そんな神に愛されたく無いので反意としました。 - -:かつてゴーストが、アルバム『Tune In, Turn On, Free Tibet』で指摘した中国人民解放軍によるチベット侵攻も、共産主義という錦の御旗の下に行われた点では根は同じですね。オウムも然り。もちろん、日帝(国家神道)も北朝鮮(主体思想)も同様でしょう。
では、最後の質問です。臼井弘行さんが参加された2曲とその演奏について、コメントをお願いします。 - 馬頭:臼井弘行とは1985年辺りでしょうか。ドラマーを募集していて、雑誌に載った我々の呼び掛けに手紙を送ってくれました。彼は不失者を辞めた直後で我々ゴーストの鼻っ柱の強い若輩者に優しかった。当時はまだ30歳かそこらだと思いますが臼井さんは老生していて深い知識と幅広い音楽、文学の嗜好を持っていました。我々から見たら凄く大人でね(笑)。憧れました。そのフリー・フォームのドラミングも独特で、居合切りみたいなフォームと間が誰にも似ていなかった。影響受けましたよ。私にとっては不失者って中心は臼井さんなんです。灰野さんには悪いけど触媒かな。
今回の録音には、臼井さんは随分とドラムスを叩いてなかったので最初はぎこちなく聴こえましたが、段々と彼らしい表現を見せてくれました。私としてはもっと私の曲を破壊して欲しかったのですが、「アシッド・フォーク調にね」とか言ってビートを出した演奏でした。彼が嫌っていた演奏方法なので大変驚きましたが、予想を超えた集中力でとても素晴らしい演奏を残してくれました。私の歌の世界も更に大きく引き出してくれた様に聴いてみて感じます。
聞き手・まとめ:市川典夫
『Smile Jesus Loves YOU』
/ 馬頭將器
2020年5/20リリース
フォーマット:CD
レーベル:SUPER FUJI DISCS
カタログNo.:MYRD139
価格:¥2,200(税別)
【Track List】
1. In the Hour of Serpent
2. Pobrecito Mi Cigarro
3. Speculum
4. Banjo Suite
5. Shrine Coke
6. Uzumaki No Momento
7. Sarabanda
8. Smile Jesus Loves YOU
ディスクユニオン
2020.6.11 19:00
カテゴリ:INTERVIEW, PU3_ タグ:JAPAN, psychedelic, 馬頭將器