【INTERVIEW】あがた森魚インタビュー(きき手:細馬宏通)
夜汽車
- 細馬:『オリオンの森』、すばらしくて、いいところがいっぱいあるのですが、まずはレコードのアルバム感があるのがいいですね。3曲目からの「海洋憧憬映画週間」のメドレーが途切れなくどんどんイメージが変転していって。
- あがた:うん、何かグラデーションしてる。こういつも時間の帯が繋がっていて、いつのまにか未来系になってるみたいな。音楽って、恋人同士がむつみ合ってるような、このままでいたいような至福感みたいなものがあるのかな。音楽から受けとる愛着とか好みもそれに重なって。だからこういう、いつ終わるかわからないループするようなメドレーがA面に来ちゃった。
- 細馬:1曲目からそうだし、メドレーのリズムもなんですけど、あちこちにずっと、なんか汽車の音が聞こえてる気がして。あるいは蒸気の音っていうのかしらん。リズムやアレンジ、物音もそうなんですが、何より、あがたさんの歌声に、歌詞だけじゃなくていろんな音が含まれてて、それが何かのリズムになっていく感じがするんです。第一曲めの「列車に」の「シャ」の音が蒸気だし、「貝殻もぐればいいさ」の繰り返しは、もうそれが汽車の車輪の運動のようだし。
- あがた:やっぱり夜汽車の記憶ってのはあるんですよね。生まれ故郷の留萌から小樽に出てきたとき、あるいはその後留萌と小樽を往復したとき、朝早く出発してもたどり着くのは夜遅くで、そんなとき大きな車両に人そんな乗ってるわけじゃないから、僕と父とあと2、3組ぐらいしか乗ってなかったり。汽車がいつどこにつくとも知れずずっと乗ってることの、こう、ものすごく幸せなわけでもないんだけど決して嫌なわけでもなくて、けれども父親と並んで緊張して、足を揃えて正座しているんだけど、お弁当食べたり、トイレ行ったりもしてるはずなんだけど、とりとめもなく何時間も2人並んで、ぼーっと座ってた印象ばかりが残っている。それがね、ものすごい幸せな記憶として残っている。母親のお腹の中に母と2人でいた至福感とどっか通じるのかもしれない。
リンドバーグ夫人
- 細馬:『未来の名前を知りたい』では、何度も「リンドバーグ夫人」が繰り返されますね。
- あがた:リンドバーグ夫人の『海からの贈物』の中にね、彼女がフロリダの海岸で、一夏過ごしたときに、貝殻を拾って受けたインスピレーションを書いてあるんですよね。彼女は空を飛ぶ人であり、夫も飛行家だったのに、そこであえて海の貝殻に託して、自分の生き方や女性の生き方を思索しようとした。そのことがずっと意識の中にあって。彼女はある時期、リンドバーグとともに、ある未来論を航空家として分かち合った特別な存在で、それは豊かだった彼女の人生なり人生観みたいなもので、夫も支え、自分の生き方も模索したそのリンドバーグ夫人に対して「ありがとう」っていう気持ちで、そこからこの歌が始まったわけです。
- 細馬:海岸で貝殻を拾う話、さっきの荒川のことも合わせて、なんだか、賢治の「イギリス海岸」を思い出す話ですね。北上川の泥岩層に「海岸」を感じて、そこに貝殻の化石を見つけ出す賢治のこと。賢治はその化石から、まだ人類のいなかった第3紀に思いを馳せて「誰も見てゐない昔の空」を想像するのですけれど。その過去を想像する力と、まだ誰も飛んだことのない未来の空を想像する力とは、何か響き合っている気がします。
- あがた:まさにそれは、賢治のいう第3紀の反対側にある近未来憧憬的デジャヴ感かもですね。リンドバーグ夫人はフロリダでね、一夏、静養したときに貝殻を拾いながら女性の生き方を振り返って、たわいない朝昼晩食事をすることと、その貝殻のことを対比してて、貝殻から得た宇宙的歴史や宇宙観をそこのエッセーに込めたわけね。だから「海に遊んでくれてありがとう」「海を教えてくれてありがとう」って歌ったわけです。それを、アルバム全体にも込めたつもりですけどね。
- 細馬:『海からの贈物』では、よけいなものを捨ててヤドカリみたいにさっぱり暮らしたい、でも夫と五人の子どもとの生活が待っていて、それはかなわないけれど、というような話が記されていますね。ヤドカリの仮寝の宿にあこがれる話。ヤドカリって自分の身を守るために貝殻にイソギンチャクをくっつけることがよくあるんですけど、そのイソギンチャクの種類ごとに違うタイプのヤドカリが進化していて、実にいろいろな貝とイソギンチャクの組み合わせがいるんですよ。で、あんまり貝の螺旋が深くなくても、お尻のカギで貝の奥にひっかけちゃえば、宿を借りることができちゃう。
- あがた:さすらうものの知恵なんですかね。シェル、まさにシェルターですよね。
- 細馬:リンドバーグ夫人は最初は浜辺で1人で過ごしていて、女性が1人で考える時間がいかに大切かを思い知るんですが、途中から妹が遊びに来て、そうすると、誰かと、2人きりで落ち着いて過ごす時間の豊かさにも気づく。それでなかなか眠れなくなって、そこに星が出てくる。「私たちは寝る前に、もう1度星空の下に出て行って、浜辺を歩いた。そして歩き疲れると、砂の上に仰向けに寝そべって空を見上げ、空の広さに私たちも拡がって行くような感じになった。星は私たちの中に流れ込んできて、私たちは星で一杯になった」(吉田健一訳『海からの贈物』新潮文庫)。
オノマトペ
- 細馬:さっきは「蒸気」って言い方したんですが、あがたさんの歌は、なんだかいろんな音にきこえて、あちこちオノマトペに近づいてるようなところがあって不思議で。「何事夜毎 列車に乗った」っていうのも、あがたさんが歌うと、ガタゴトし始めて、うん、全然違う。「真っ黒闇雲 煙燃える 真っ赤に闇雲 煙やぶれ」も。「QQQキューピッド」のキュキュキュ、っていうとブレーキの軋みのようだし。あちこちでオノマトペに近づいている。
- あがた:「夜空の果てまで秘密はない」なんかはさ、「友達のうちへ」も、と〜んもだち〜、と〜んととと〜んって感じになって。ま、これが青森時代に身についた、津軽弁から来てんのかもしれないグルーヴ(笑)になっててね。「赤色エレジー」の「おフトンもひとつ」も「おフー、トーンもひとつ」だからね。言葉自体を、ちぎったり放り投げたり、こう、ジャグラーのように遊んでみたいわけだよね。
オノマトペというと、ここに見え隠れしてんのは、まり子、つまり宮城まり子なんだよね。「ハリー・パーチのお嫁さん」にも出てくるし、「ペルセウス湾から」にも「大好きだよ まり子さん」なんてのもあるんだけど、そのまり子と恋人関係だった吉行淳之介が、2人で一緒にいるとオノマトペというか、幼児語っぽいレトリックでやりとりしてたってことを知って、その親近感や愛情関係がすごく感じられたわけ。 - 細馬:宮城まり子の声ってなんともかわいらしいところがありますね。「目の毒気の毒フグの毒、あ~」とか『さいざんすマンボ』の掛け合いとか。
- あがた:そうそう、彼女の歌の「ガード下の靴みがき」とかもね。で、あの声で、なんかどうでもいいような幼児語を使ったりするってきいて、人類がもっとそうなっていけばいいんじゃないかな、ラブ&ピースの1つの方法じゃないのかなって気もさせられてしまったりするわけ。気の許せる人にため口聞いたり、もう全く何々ちゃんたら、なんて言い方とか。こう、人を信じて無邪気で甘えていれる関係に表れる「じゃれ合い方」を、まだ僕らは模索してる途上なのかもしれないね。なぜか宮城まり子が、フェリーニの「道」のジェルソミーナにかぶるんだよね。そうすると、あの冷酷なザンパノは吉行淳之介だったのかって(笑)。
コニーアイランドの無邪気
- 細馬:イギリス海岸というと3曲目の「海洋憧憬映画週間」の「るうもあ・れいる」にも海岸が出て来ますね。
- あがた:「るうもあ」は「るもい」であり「るーもあ」=噂でもあるんだけど、留萌本線って去年2023年に廃線になっちゃったんだ。留萌から、さらに増毛まで日本海側にも続いてんだけども、その日本海の石狩湾の南では銭函っていうとこから小樽に繋がる海岸線があって、さっき言った父親と乗った夜行列車でそれらのラインを走った時のエキゾチックな気分とも繋がる。
- 細馬:右手も左手も見所がたくさんある。
- あがた:右手が小樽の海岸線で、左手がいきなりニューヨークのブルックリンのコニーアイランドの海岸線にたどり着くという。
- 細馬:あがたさんにとってのコニーアイランドってどんな感じなんでしょう
- あがた:ブルックリンの外れに、コニーアイランドっていう、ディズニーランドの元祖みたいな遊園地があって、それがなんか模擬のマンハッタンみたいな、架空のおとぎの王宮のような場所を作ってるみたいなね。そこ行くとね、ウキウキしちゃってしょうがないんだよね。なぜかってそのレトロ感に圧倒されちゃうんだよ。
- 細馬:ディズニーよりももっと前に遊園地と宇宙って結びついてたんですよね。『眠りの国のリトル・ニモ』って描いたウィンザー・マッケイっているじゃないですか。マッケイは20世紀初頭の人で、ニューヨークに住んでたんでコニーアイランドに行って、で、そこには当時流行ってたいろんな見せ物があったんですよね、マジック・ミラーとかジェット・コースターとか。ああいうのが、眠りの世界に取り入れられてるんですよね。あと、やっぱり20世紀のはじめにすごく流行ったフライシャー兄弟の「ココ・ザ・クラウン」ってピエロがいるんですけど、そのピエロってのも、デイヴ・フライシャーがコニーアイランドでアルバイトでやってたピエロの衣装をそのまんま使ってたり。マッケイもフライシャー兄弟も宇宙というか星に憑かれていて、しょっちゅう星のイメージが出てくるんですが、当時のアニメーションの宇宙の夢の中にはコニーアイランドがあちこち紛れ込んでるんです。
- あがた:あの無邪気さったらないよね。アメリカの、なんか現実のガチガチの合理主義から逸脱して、ブルックリンの南の外れの海岸線に所在なく牙城を作ったようなそういう感じだよね。
- 細馬:コニーアイランドの中心にあったのがルナパークという遊園地で、ルナ、月ですよね。月に憑かれていた時代。日本でも浅草にルナパークができて、でもそれはすぐに火事で焼けちゃってそのあと、大阪の新世界に、通天閣を入口に見立てて第二のルナパークができて…
- あがた:大阪にもルナパークってあったんだっけ?
- 細馬:はい、今の通天閣は建て直されたものですけれど、元々はそこからルナパークが始まっていた。
- あがた:初めて、1972年ぐらいか、デビューしてまもない頃、春一番のコンサートに東京から夜行バスで行って、しばらく大阪にいたんだな。関西は初めてだったんだけど、ものすごい違和感と、言葉とその文化と、特に通天閣の下の映画館がものすごい数、通天閣の周りは全部映画館で、強烈だった、あれは。映画館があんなにあるっていうの、非現実の世界にみんな入り浸ってたみたいな、その感じに非常に僕はすごい惹かれたね。パラドキシカルとか、アンビバレンツをもう体現してるっていう感じで。映画館って今みたいに入れ替え制じゃなくて、1日いても良かったから、ずーっと、非現実の中に埋没したまま1日を過ごせるんだよね。
- 細馬:今、YouTubeや配信で映画観てる人は、早送りしたりすぐ切り替えることができるじゃないですか。でも、映画館って、それこそオリオンの腕と言うか、入ったらずっとそこに居るわけで。
- あがた:夜列車の窓みたいなもんだ。
- 細馬:ああ、そうか。
- あがた:そう、ま、銀河鉄道、もう、ほとんどあの状態だよな。ここ地上走ってんのか宇宙走ってんのか真っ暗だからわかんないけど、ガタゴト、ガタゴト、それが、なぜ居心地が良かったかって言うと、現実の世界情勢とかがそこには襲ってこない、守られてる場所でもあったからかもしれないよね。その中にいる限りは永遠に非現実なわけだよね、でも、列車が駅について、プラットフォームについた瞬間から現実に戻る。
- 細馬:そう思うと、汽車、すごい発明ですよね。
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『オリオンの森』
/ あがた森魚
2024年10/30リリース
フォーマット:CD
レーベル:Qpola Purple Hz
カタログNo.:QPHZ027
【Track List】
01. あいごっとあいごっと
02. 未来の名前を知りたい
03. 海洋憧憬映画週間
a. 夜空の果てまで秘密はない
b. るうもあ・れいるで
c. 豪華客船どでかい
d. 夕陽のガンマンそれから
04. 海をわたってくるものたちに
05. ららばい踊ろう
06. ハリー・パーチのお嫁さん
07. みんなと一緒の夜空を
08. ボンネットバス
09. ペルセウス湾から
10. QQQきゅうぴっど
11. オリオンの森に帰ろう
12. あおいあおいあおい
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2024.11.25 18:00
カテゴリ:INTERVIEW, PU1 タグ:JAPAN, あがた森魚