【INTERVIEW】satohyoh『feel like, feel right

秋田県在住、風景の音にアコースティックな音を添えサンプリング等の手法を交えて公開する「音メモ」シリーズでSoundCloudを通じて海外でも多くのファンを獲得してきたsatohyoh、2017年4月にリリースした初流通作品となる1stアルバム『inacagraphy+』より約2年、音楽的な成熟度もぐっと増した待望の2ndアルバム『feel like, feel right』をリリースしたsatohyoh氏にアルバムを中心にお話を伺った。

同郷のミュージシャンが、「帰省した日の夜と朝みたいなアルバム」と評してくれて、まさにそれ!と

–:まずはリリースおめでとうございます!今回の『feel like, feel right』はsatohyohさんの音楽についての愛情が感じられ、全編凝縮された素敵な曲が詰まっていますね。まずはsatohyohさんの作曲を含む創作への発想の源的なところを教えて下さい。
satohyoh:シンプルに好きで楽しいから続けているというのが正直なところですが、インストの曲は探求心から、歌のある曲は承認欲求から作っている気がします。インストは自分が聴きたいものを自分で作れるかどうか、前は出来なかったことが今回は出来たぞみたいな気持ち。爽やかな向上心ですね。歌のある曲はもう少しドロドロした欲があって、いい歌詞でしょ?とか(笑)。こいつ誰か知らないけどなんかいい歌作るなーと言われたい、とか(笑)。「新しい曲を考えること」が精神バランスを保つ要素になってしまっている部分もあると思います。嫌なことがあると自動的にモードをそっちに切り替えているというか。愛情と言ってもらえるとうれしいですが、依存かなと思う時もあります。だからこそ自分のその時のすべては出し切って制作しようと心がけてはいます。
–:本作『feel like, feel right』で聴いて頂きたいポイントを教えて下さい。また全体でも個別でも何かコンセプト的なポイントはありますか?
satohyoh:前作の『inacagraphy+』は田舎っぽさが大事でした。景色を伝えたくて広く広くイメージした作品でした。今回は真逆で、半径3キロメートルの生活感や、半径10キロメートルくらいの出来事をまとめるつもりで制作しました。定点カメラ的というか。お天気カメラがゆっくり回りながら、昼夕方夜朝と変わっていく、みたいな。同郷のミュージシャンが、「帰省した日の夜と朝みたいなアルバム」と評してくれて、まさにそれ!と。1曲目が前作と今作の繋ぎ目で、山々から町に視点が移って、誰かの帰り道、夕飯の準備をしている親子がいたり、夕日を見て友達と語らっている人がいたり、暗くなってちょっとお酒を飲みながらライブバーにいる人、夜中に疲れて帰ってくる人、物思いに月を見てる人、そしてまた朝。もちろんこの通りに感じてくださいなんて思ってませんが、制作の背景はこんな感じです。人それぞれの新しい感じ方にも興味があるので、聴いてくれた人はぜひ教えてほしいです。



–:「feel like, feel right」というはとても素敵なタイトルですね。このタイトルにした意図といったところを教えて下さい。
satohyoh:「astraea」という曲を作ったときに思いついたタイトルなんですが、まわりでも「何が正しいのかわからないね」という言葉がよく出てきて。僕もその頃は誰かを支えたり何かを伝える正しい方法とはを考えていた時期で、生活の中でもすごく「正しさ」に迷っていました。そうするとまわりを不安にさせて、あまり自信のない道案内みたいな状況になってしまって。人と接するとき、まずは「あなたの敵ではない」という姿勢を見せることと、「嫌いなもの」より「好きなもの」を前提に行動したら、少しだけ物事がうまく進みました。「正しいこと」はわからなくても相手や物事を理解するには「好き」が必要だなと。今も世の中が大変な状況ですが、誰かのせいにしたりあまり否定的な気持ちにならないように気をつけたい。「嫌い」を前提に会話したり行動しても、たぶん最終的にいい結果にはならない気がする。あともうひとつ、道徳の授業で使う素材作りを手伝ったり、教育関係に進んだ友人知人と話す機会も多かったので、その影響もあって「正しさ」の不確かさやそこにある葛藤をいくつかの曲のテーマにして、自分のなかでのひとつの結論をこのタイトルに込めようと思いました。

まず「作品になる」ということと「かたちとして残る」ということのうれしさが強くありました

–:では各曲についてお聞かせ下さい。M2「天気雨」M4「astraea」M10「ランプを灯せば」M14「ただ広い暗闇、欠伸をした信号機」ではairi hashimotoさんをフィーチャーされています。とても素敵な歌声の女性ですが、airi hashimotoさんを起用しようと思われたポイント、またそれぞれの曲について聴き所など簡単にご紹介をお願い致します。
satohyoh:橋本愛里さん、以前はバンドでボーカルをされていたのですが、今は表立った音楽活動をしていなくて、単純に歌わないともったいないよと思って前作に続き今回もお願いしました。いろんなジャンルに合いそうな澄んだ爽やかな声だし、影のある歌詞も暗く聴こえないのが魅力だと思います。最初は「astraea」1曲のはずが、4曲も歌ってくれてうれしかったです。

「astraea」は前作に収録された「tone」の続編です。続けて聴くと物語が見つかるかもしれません。天秤座の由来になったギリシャ神話からタイトルをいただいていて、先ほど出た「正しさ」がテーマです。オルガンとパーカッションにキッチンまわりの音を忍ばせてループするトラックを作っているので、電子レンジの音とか探してみていただければ。橋本さんもいくつか歌のパターンを用意してくれたのですが、いちばん「読み聞かせ」っぽいものを選びました。



そのレコーディングの途中で「ただ広い暗闇、欠伸をした信号機」が出来ました。すぐ橋本さんにも送って、歌いましょうと。ラフの段階では薄くリズムトラックがあったのですが、やはり要らないなとシンプルにピアノと歌、ちょっとだけの装飾にしました。こいつ誰か知らないけどなんかいい歌作るなーと言われたいですね(笑)。

「ランプを灯せば」は影のある歌詞が暗く聴こえない橋本さんの真骨頂だと思います。歌詞に出てくるその家に住んでますよね?って思いましたから。アレンジは二転三転しましたが、少しバンドサウンドに寄せました。理由はこのドラムの音が気に入っていたのと、ベースが上手く弾けたから。ドラムは以前に別の曲をレコーディングした際に山崎悠太くんというドラマーに叩いてもらった音をサンプリングしましたが、フィル等は彼の演奏をそのまま活かしました。



いちばん最後に「天気雨」を作りましたが、これはここ数年の様々な演奏サンプルを組み合わせました。橋本さんの歌もおそらく数年前の録音で、ピアノとギターは初期の音メモから。ベースだけ新たに弾きました。少しだけベースを習ったことがあり、その時の課題曲がStevie Wonderの「Sir Duke」で、それっぽくしたかった。電車の車掌さんの声が入っていますが、これは使っていた音楽再生プレイヤーがREC機能オンになってしまっていつの間にか録音されてたものです。なんだこれと思って聴いてみたら、車掌さんが優しい言葉をアナウンスしてたので、これは使いたいなと。



–:M3「toro」はダウンテンポ感と各楽器の配置や進行のバランスが素敵だと感じました。この曲の着想点はどういったところからきているのでしょうか?
satohyoh:この曲は前作の直後、2017年に作ったのですが、当時「lo-fi HIP HOP」という言葉が音メモの感想に出始めて、そういう音楽があるんだなとそちらに寄せて作りました。様々なサブスクでもsleep/chill/studyプレイリストでそういう音楽が流れていますね。そういえば今作のCDレビューを載せていただいたサンレコも、lo-Fi特集でした。自分なりのlo-fi解釈なので少し違うとは思いますが、意外性のある音の組み合わせともたり気味のリズム、ザラザラした温かい質感は出せているかなと思います。この要素だけでも自分の音楽の好みのど真ん中なんですが、あまり曲中に展開がない曲が多いのが少し難点で、個人的には静かに始まってだんだん楽器が重なっていくのが好きなのでこのようになりました。



–:M6「bange」ではkota okuyamaさんをフィーチャリングされています。kota okuyamaさんの簡単なご紹介と共に、本曲に関するご自身での解説をお願い致します。
satohyoh:学生時代に一緒にライブをしたりレコーディングをした友人です。今はいわゆる音楽活動はしていないのですが、地域の子供たちの音楽発表会の伴奏などでギターを弾いたりしていて。そういう音楽との付き合い方はすごく素敵だなと思います。彼のギター曲を年に一回くらいレコーディングしていて、今回はその延長でした。基本的にはアコースティックギターのセッションから録音して、コーラス、後からドラムとベース、最後にピアノを重ねました。後半に洋楽インディーっぽくなるのは僕の好みです。レコーディングした日は夕日が変な色で、山々の景色と相まってすごくふわふわした気持ちになったので、それぞれ楽器のアクセントの場所を変えて地に足がつかない感じをイメージしたのですが、それができていたらうれしいです。



–:M7「alphabetagammadelta」では軽快なジャズ調の展開が魅力的です。楽器は全てsatohyoh様が弾かれているのですか?
satohyoh:いえ、実際に弾いているのはベースだけかな。以前に録音したセッションテイクを上手く使えないかなと思って作り始めた曲だったので。ドラムのパターンにそのセッションの音をひとつひとつ切り出して重ねて、ピアノはMIDIで何度も弾いていいところだけを組み合わせました。ライブバーで聴いている雰囲気にしたいなと思い、サンプルで装飾して音を汚し、歓声なども入れました。タイトルは宮沢賢治の「シグナルとシグナレス」に出てくる魔法の呪文からいただきました。



–:M9「rufous scene」やM12「break in the parking」では音楽の暖かみが凝縮されたような素晴らしいメロディーが奏でられています。それぞれにご自身での楽曲解説をお願い致します。
satohyoh:「rufous scene」では夕方に鳴るチャイムやオルゴールみたいなメロディの曲が作りたいなと思っていました。歩きながら録音した歌ともいえないささやきが入っているんですが、帰り道感を出せていたらうれしいです。主張しない程度にいろんなメロディが隠れていますが、これはあるときに夕方のチャイムに合わせて急にギターを弾き出した人がいて、横で見てたらなんだかそれが可笑しくて切なくて、それを再現したいなと思いました。



「break in the parking」のパーカッションはコンビニのコーヒーのカップの底と蓋ですね。車の中で叩いていたらいい音だった。バスドラとスネアに見立てようと思ってハイハットっぽい音を探したら、ハザードやウインカーの音があるじゃん、と(笑)。その場で演奏(?)してあとから楽器を重ねていきました。わりと音楽はこういうことかなと思うことがあって、鼻歌とか、生活の何かのリズムに合わせてそこにあるものを叩いたり奏でたり。そこに価値が付く付かないは別として、あぁ音楽だなと思える瞬間だったりします。



–:アートワークはご自身で撮られた写真を使われたお聞きしました。改めて現物のCDを手に取られた際の感想を教えて下さい。
satohyoh:まず「作品になる」ということと「かたちとして残る」ということのうれしさが強くありました。もちろん近年はそれを望まないケースもあると思います。僕は物への執着が強い方で、手にとって触れられることを喜ぶ性格です。kota okuyamaくんや橋本愛里さんにもCDを渡しましたが、やはり一緒にこれを作ったというものが残ることの感動は制作側としてあります。他のかたちでもいいのですが、かたちとしてあることがうれしい。音楽はその場の芸術とはいえ残していくものだと思うので、手に取れるかたちだと安心します。僕と話したことがある人や偶然に知ってくれている人が、僕や僕の音楽と出会った記念や記録として手に取れるかたちで持っていてくれたらとてもうれしいです。

アートワークについては色がとても好みで、写真よりさらに淡く儚げになったなという印象でした。メインの写真はこぶしの花なのですが、老木なのであと何年咲いてくれるかなと思っています。隣にあった木は危険ということでだいぶ枝を切られてしまいましたから。小さい頃はなぜ桜の木じゃないんだと思っていましたが、大人になったらこぶしの花の方が好きになりました。「feel like, feel right」、好きになってみたら、大昔にこぶしの木を植えた人を正しく思えました。



もし気になった方は、出会った記念に、記録に、手にとれるかたちで残していただければうれしいです

–:楽曲制作に対するアプローチや、楽曲制作で常に意識していることは何ですか?
satohyoh:できることは少ないので、できることのなかで工夫することでしょうか。そして、できることを増やすように一曲一曲を作っています。
–:これまでに影響を受けたアーティストを教えて下さい。
satohyoh:音楽だとfishmansの「佐藤伸治」さん。完全に後追いのリスナーなので残されたインタビューなどでしか人柄を知れないのですが、物の考え方や音楽への向かい方はかなり影響を受けていると思います。音楽ではないですが、同じように「小林賢太郎」さんの考え方や作品も好きです。真似して作業用のエプロンをして音メモを作ったこともありましたが、すぐ止めました(笑)。作品といえば「岩岡ヒサエ」さんの漫画からだいぶ音楽のヒントをいただいています。岩岡さんが秋田に来られたとき、無粋にも音メモの入ったCD-Rをお渡ししたことがあって。とんでもなく緊張しましたが、後日ブログで少し触れていただき、とてもうれしかったです。
–:最近のお気に入りのアーティストや作品を教えて下さい。
satohyoh:「THE BAD PLUS」の「Activate Infinity」がすごく良かったです。ずっと好きで聴いているのですが、昨年の秋から年明けまで制作期間だったので他の音楽を聴かないようにしていて、新譜を聴かずにいたんです。2ndアルバムが仕上がった後にようやく聴いたら、良すぎて声が出ました。あとは「MEN I TRUST」の「ONCLE JAZZ」、「Lauv」の「~how i’m feeling~」もいいですね。自分への追い込みから解き放たれたので、音楽を聴くのが楽しいです。soundcloudで知り合った方々の新しい曲も聴いています。みんながんばってるな、負けてられないなって。
–:フィーチャーや共演など、今後一緒にやってみたいアーティストはいますか?また、今後どのような創作を続けていきたいですか?
satohyoh:まずは、間に合わず収録できなかった橋本愛里さんとの共作があるので、それを何らかのかたちで公開できたらなと思います。あと漠然とですが頭の中にあるのは、すごく話し声がいい友達がいるので、読み聞かせ音楽みたいなものが作れたらなと思っています。それを聴いておけば子供も大人も眠れる、みたいな。そしてシンプルな音メモが作りたいですね。ゆっくりゆったりとしたアバウトなもの。一緒にやってみたい人は、どちらかと言えば身近な人ですかね。音楽は生活の延長というのが今の向き合い方なので、企画立てて何かやるというというより、会話の延長線上でやっていきたいと思っています。
–:これからの音楽シーンについて、特にフィジカル、配信、ライブなど、アーティストの視点でみる今後や将来像的なところを教えて下さい。
satohyoh:こういうときシーンや業界の将来像を語れるとかっこいいのですが、音楽ビジネスの話は正直よくわかりません。ましてや2020年春は今このような状況ですから、ここでまた大きな変化があると思います。フィジカルについて言うと、僕の家のまわりにはもともとCDを買えるようなお店は一軒もなかったですが(笑)、今回のリリースに合わせて近隣の町のレコード屋さんに行ってみました。だいぶ縮小してしまっていて、周辺の大きなお店にもCDを扱ったスペースがなかったです。ただ逆にここ数年でかなり増えているのが、演奏を聴ける場所と機会です。わざわざリニューアルしてミニステージを作った施設が、この狭い範囲だけでも何軒あるかな。新しくお店を出す時に、そういった音楽との触れ合いを前提に考えている人も多くいました。もちろん今の状況では厳しいですが、例年通りならもう少し暖かくなれば毎週のように演奏のあるお祭りやイベント、ミニコンサート等が開かれます。音楽を必要としている人は減っていないということ。そのおかげか、秋田在住のミュージシャンも増えていると思います。おそらく日本の各地でこのようなことが起こっているんじゃないかな。ビジネスとして成立させられるかは創意工夫なのでわかりませんが、場所と機会は以前よりたくさんある、そういう状況だと思います。僕自身は、東京で売れてやる!と息まいてみたけど、頭悪いしセンスもなくて一度線を引いた人間です。秋田に帰って、夏にアコースティックギターを録音したら、窓が開いてて虫の声や川の音が入ってて、なんかいいなこれと音メモってタイトルで公開した。あのときは音楽が好きじゃなくなりかけたけど、それが今こうして作品を残すことができ、2ndアルバムも制作できたことには日々とても感謝しています。今は音楽が好きです。たぶんこれまででいちばん。これからもマイペースに音楽を追求したいし、たまには褒められたいですね。この作品や音メモを聴いて、秋田を想像してもらえたり、思い出してもらえたり、いつか行こうと思ってもらえたら幸せです。聴いてくれる人がそれぞれ望むかたちで聴けるということがいちばんですが、配信で出すよりCDは手もかかるし愛着もあります。当たり前ですが、この作品が好きだし、制作中よりも手元にある今の方がより好きになりました。あんまり売れないと困ってしまうので、もし気になった方は、出会った記念に、記録に、手にとれるかたちで残していただければうれしいです。



『feel like, feel right』
/ satohyoh
2020年3/11リリース
フォーマット:CD
レーベル:PROGRESSIVE FOrM
カタログNo.:PFCD96
価格:¥2,200(税抜)
【Track List】
01. same old tomorrow’s glow
02. 天気雨
03. toro
04. astraea
05. rain is always looking for clouds
06. bange feat. kota okuyama
07. alphabetagammadelta
08. ongoing
09. rufous scene
10. ランプを灯せば
11. little sense monologue
12. break in the parking
13. reprize
14. ただ広い暗闇、欠伸をした信号機
15. the hot-air balloon floating in the chilly sky

M2/4/10/14 vocal by airi hashimoto

2020.4.12 12:00

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